У нас вы можете посмотреть бесплатно 「家は全壊し柱に足を挟まれ…」“おんぶの少年”記憶を次世代へ 被爆者10万人下回り…記憶の継承に課題 広島・原爆の日【news23】|TBS NEWS DIG или скачать в максимальном доступном качестве, видео которое было загружено на ютуб. Для загрузки выберите вариант из формы ниже:
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広島・原爆の日。被爆者が高齢化し、生の声を聞ける時間が限られています。被爆証言を親から託された男性が、次の世代に託したい「バトン」とは…。 ■「おんぶ少年」記憶を次世代へ 80年前の8月6日…広島の街は一瞬で姿を変えました。 これは原爆投下から2か月後に撮影されたフィルムです。けが人を乗せ進むリヤカー。少年は幼い子どもを背負い、がれきの中を歩いていきます。おんぶされた男の子の頭や顔には、包帯が巻かれていました。 広島県呉市で暮らす竹本秀雄さん(83)。おんぶされていた男の子です。 藤森祥平キャスター 「これ何歳の時ですか?」 竹本秀雄さん 「3歳と2か月」 藤森キャスター 「おんぶしているのが?」 竹本秀雄さん 「兄貴です」 竹本さんは、爆心地から1キロの自宅で被爆。自宅の下敷きになり、左頬には今も残る深い傷を負いました。あの映像は、兄の定男さん(当時11歳)に病院に連れて行ってもらった帰りだといいます。 町並みは一変。周囲には助けを求める多くの人々の姿がありました。 竹本秀雄さん 「左手を上げて、こうやってやったことをまだ覚えています。声は覚えていません。女の人、はっきりと覚えています。あれが強烈だった。いまだに覚えているんですよ」 藤森キャスター 「助けを求めているということですか?」 竹本秀雄さん 「助けてくれか、水をくれだったんですよね」 いまも鮮明に残る、あの日の光景。 ■平均年齢86.1歳 「被爆の記憶」継承に課題も 竹本さんの姿は6日夕方、広島市の平和公園にありました。自身の体験を、戦争を知らない世代に伝えるためです。 竹本秀雄さん 「左の頬に被爆の傷のケロイドがあるために、“ピカドン”“ピカドン”とあだ名で呼ばれました」 原爆の悲惨さ…当事者の生の声に、集まった人たちは静かに耳を傾けていました。 竹本秀雄さん 「家は全壊し、私が家の柱に足を挟まれ、父と兄が、柱やがれきなどを取り省いてくれて、助けてくれたそうです。兄が助けてくれなかったら、私はいま生きてはいないと思います」 竹本さんは、なぜつらい体験を語るのでしょうか。 竹本秀雄さん 「若い方が結構聞いていて、真剣に聞いている。それが伝わってくるんです。だから喋るのに力が入る。あれは嬉しかったです」 藤森キャスター 「竹本さんの話を誰かに伝えたいと思うかもしれない」 竹本秀雄さん 「一人でも二人でも多くなってくれればね」 ただ、被爆者が自らの体験を語れる時間は限られています。現在、全国にいる被爆者の平均年齢は86.1歳。今年、初めて10万人を下回りました。被爆者の記憶や証言をどう次の世代に託していくのか… ■受け継がれる“被爆体験のバトン”「家族伝承者」が次の世代へ 原爆資料館を訪ねました。ここには被爆の実相を後世に伝える貴重な資料が保管されています。今年、新たに寄贈されたのは… 学芸員 「万年筆ですね」 持ち主は80年前の8月6日、原爆によって命を奪われた森脇瑤子さん。まだ13歳でした。 寄贈された中には、瑤子さんの日記帳も。原爆投下前日の8月5日にはこう綴られていました。 瑤子さんの日記(8月5日) 「叔父が来たので家がたいへん賑やかであった。いつもこんなだったらいいなあと思ふ」 毎年8月6日に瑤子さんが亡くなった天満川のほとりを訪れていた男性がいます。兄の細川浩史さんです。自身も被爆した浩史さんは晩年、妹の生きた証を残したいと被爆体験を語り続けてきました。 瑤子さんの兄 細川浩史さん(2013年5月) 「僕の妹も原爆によって殺された。ちょうどあなたの1級上よ」 命日には瑤子さんを思い、好物だったキャラメルを川に手向けてきましたが、その浩史さんも2年前に他界。今年は浩史さんの息子・細川洋さん(66)が、同じ場所で瑤子さんを偲びました。 浩史さんの息子 細川洋さん 「初めてキャラメルを投げましたけども、食べてくれたかなと思いながら。瑤子ちゃんもですけれども、あの日、あの時、いろんな思いを抱えて生きていた人たちがいる。すべての思いとともに命が絶たれた」 この日、 中学校を訪れた細川さん。 細川洋さん 「これ妹の瑤子ちゃん」 父の思いを継ぎ、細川さんはいま「家族伝承者」として、浩二さんと叔母・瑤子さんの被爆体験を伝え続けています。 細川洋さん 「外からリヤカーを引く音が聞こえて、お母さんが半狂乱に泣き叫ぶ声が聞こえてきたそうです。見ると、変わり果てた瑤子ちゃんが、そのリヤカーに乗っていたそうです」 細川さんの話を聞いた中学生からは… 中学3年生 「(戦争の)リアルを伝えられる人が居ないのは悲惨さが薄れて伝わるので、話を懸命に覚えて自分の子どもや知らない世代に伝えていくことが大切だと思いました」 原爆投下から80年。細川さんは「被爆体験のバトンを受け継ぐ最後のチャンス」だと話します。 細川洋さん 「父がよく言っていたのは『大げさに言うな』と。『事実を淡々と伝えればいいんだよ』と。反核平和の伝道者とか活動家になってくれとは思わない。何かできることを…(https://newsdig.tbs.co.jp/list/articl... ▼TBS NEWS DIG 公式サイト https://newsdig.tbs.co.jp/ ▼チャンネル登録をお願いします! / @tbsnewsdig ▼情報提供はこちらから「TBSインサイダーズ」 https://www.tbs.co.jp/news_sp/tbs-ins... ▼映像提供はこちらから「TBSスクープ投稿」 https://www.tbs.co.jp/news_sp/toukou.... #ニュース #news #TBS #newsdig