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北海道岩見沢市幌向 浄土宗西山禅林寺派「善光寺」 大久保瑞昭住職による短時間で聞けるショート法話です。 #仏教 #浄土宗 #西山派 #法話 #お経 #念仏 #北海道 #岩見沢 #幌向 ※当・善光寺は、檀家さんより、年間、維持費として一万円、十夜法要への寄付金として五千円~をいただいております。 ※当・善光寺では、いったん檀家になり、それを辞める場合でも、他の多くの寺院と同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。 ※随時、御朱印を承っています(要予約)。 先日、ある方が、「亡くなった人のことを思うと悲しくなるのですが、こういう感情が無くなるのは、いつ頃なのでしょうか?」とおっしゃったのです。 そこで私は、「皆さん、『三回忌まではあっという間だった』と言いますので、少なくとも、そのくらいまでは、かかるのではないでしょうか?」と申し上げました。 するとその方は、「いつまでも悲しんでいてはいけないのですよね?」とおっしゃるのです。 私は、「いえいえ。悲しい時には悲しんで良いんですよ。『悲しい』ということは、それだけ亡くなった人のことを大切に思っていた、ということですから」と申し上げたのです。 すると、その方は、「え⁉悲しんでいて良いのですか⁉」とおっしゃるので、「良いんですよ。家族が亡くなって、悲しくない方が、おかしいですよ」と申し上げました。 日本社会は、「悲しんだままでいること」は、「改善すべきこと」という圧力が強いのでしょうね。 しかし、「家族」という自分にとってかけがえのない人が亡くなったのですから、そこから、自分の人生が、以前と同じように、何の影響もないように、元通りになる、ということはあり得ないのです。 大切な人の死を抱えて、その悲しみの中で、手を合わせて行く。 そこから、結果として、「前向き」になるかもしれませんが、以前ほどの「前向き」ではないかもしれません。 でも、それで良いのだと、私は、思います。 人生のあらゆることを、「前向き」や「生産的」に繋げて行く。 それが行き着くと、やはり、「効率」「タイパ(タイムパフォーマンス)」が支配する世界になってしまうのでしょうね。 しかし、常に、「効率」を追い求める社会、まして、大切な人の死を抱えることを否定的にとらえる社会というのは、やっぱり、生きづらいと思います。 「いつまでも悲しんでいてはいけない」とか「悲しみを乗り越えなくてはならない」と言われますが、大切な人が亡くなったのに、そんなに簡単に「悲しまない」状態にはならないですよね。 大切な人が居なくなって、「悲しい」「淋しい」というのは、人間として、当たり前の感情です。 それを「忘れること」が「良いこと」とは限りません。 そして、大切な人が居なくなったことで、私たちに訪れる生活の変化の一つとして、「お参り」がありますね。 毎日、お仏壇に向かう時、そこには、もう一つ、私の大切な人が増えている。 そういう習慣が一つ、私の生活に加わるということは、私の生活が亡き人から影響を受けているということであり、それは、亡き人と共に在る、ということです。 その手を合わせるお参りは、私たちの人生の変化であり、同時に、その時は、亡き人と共に在る時間なのです。 Twitterはじめました https://twitter.com/hokkaidozenkoji?s=06 善光寺のブログ http://blog.livedoor.jp/zenkojinamu/