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みんなで考えよう・親子関係、精神科医が考えます。

こんばんは、精神科医の芳賀高浩でございます。 今日は「みんなで考えよう・親子関係」というテーマでお話ししていきます。親子関係というのは、メンタルの世界では本当に大きなテーマです。 私は日々、精神科医として多くの方の診療をしていますが、そのなかで必ずうかがうのが「生育歴」、つまりどこで生まれて、どんな環境で育ってきたかというお話です。 精神疾患の原因はざっくり言えば半分くらいは「体質・気質」です。もともと不安になりやすい、落ち込みやすい、こだわりが強い、そういった生まれ持った部分ですね。 ただ、残りの半分くらいはやはり環境、とくに親子関係が占めているなと感じることがとても多いんです。 もちろん、人間関係といっても、友人や職場の上司・同僚とのトラブルからメンタル不調になる方もたくさんいます。でも、そういう方のお話を丁寧にうかがっていくと、多かれ少なかれ「親子関係でのしんどさ」を抱えていることがとても多いんですね。 しかもややこしいのは、当の本人が「自分は親子関係で悩んでいる」と気づいていない場合があることです。 虐待のように、殴られる・食事もろくにもらえない・放置されるといった、誰が見ても明らかなケースもあります。そういう場合は「うちは問題があった」と比較的自覚しやすい。 一方で、過保護・過干渉の家庭はもっと分かりにくいです。親の行動が「愛情の表現」だと信じているし、他の家の親子関係を細かく見比べる機会もあまりないので、「まあどこもこんなものだろう」「ちょっとうちの親は口うるさいかな」くらいの認識で止まってしまうことが多いんです。 私自身は訪問診療や外来で、実際の親子のやりとりを目の前で見る機会が多いので、「あ、このご家庭はかなり過干渉だな」とか「ここは親御さんがほとんど関心を向けられていないな」と分かります。 たとえば、私が子どもさん本人に質問しているのに、親御さんが遮って全部答えてしまうパターン。お子さんの状態を教えてくれているというより、「医者にこう伝えたい」という親の都合が全面に出ているような場合ですね。こういうとき、「これは過干渉傾向だな」と感じます。 でも、当の子どもさんに「親御さんは過干渉だと思う？無関心だと思う？それとも普通？」と聞くと、「ちょっと口出しは多いかもしれないけど、まあ普通かな…」くらいの答えが返ってくることも少なくありません。 つまり、自分の親子関係が「普通なのか、問題があるのか」を、自分だけで判断するのはとても難しいんです。ここが親子関係の一番ややこしいところです。 では「いい親子関係」とは何か。 人間関係というのは、うまく行っているときは問題が見えにくいものです。部活のチームも、勝っている間は不満が多少あっても表面化しません。でも負けが込んでくると、責任のなすりつけ合いが始まり、そこで初めてチームの本当の力、人間関係の土台が試されます。 親子も同じで、受験もうまくいって、部活も順調、学校生活も楽しい――こういうときは、親子関係の歪みはあまり表に出ません。 本当の姿があらわれるのは、「うまくいかなくなったとき」です。 受験が連敗した、不登校になった、部活を途中で辞めた、人間関係がこじれた――そんなときに、親がどんな態度を取るかで、その親子関係の質が浮き彫りになります。 そのときに大切なのは、子どもを「一人の人間」として、きちんと尊重できているかどうかです。 親と子の間には、どうしてもヒエラルキー（上下関係）が存在します。経験もお金も決定権も、基本的には親の方が上。これは構造上どうしても避けられません。 だからこそ、その「上の立場」にある親が、下側にいる子どもを一人の人として扱えるかどうか、ここが決定的に重要なんです。 尊重がない親子関係ではどうなるか。 よくあるのは、「これはあなたのためになるから」と理由づけをしながらも、実質的には親の価値観やレールを押しつけるパターンです。 「この中学に行きなさい」 「その彼氏とは別れなさい」 言っている内容が必ずしも間違いとは限りません。親なりに子どもの将来を心配していることも多いでしょう。でも、子どもを一人の人間として尊重しないかたちで押しつけてしまうと、子どもの「生きる力」を削いでしまう結果になりがちです。 ここで言う「生きる力」とは、レールの上をきちんと走る力ではなく、レールから外れたときに自分で立ち上がって戻ってくる力、いわゆる「雑草力」「人間力」です。 用意されたレールの上では頑張れるけれど、いざそのレールから外れたときに全く立ち直れない――そういう方の背景には、小さい頃からずっと「親のレール」を歩かされ、自分で選ぶ経験が乏しかった、というケースが本当に多いのです。 じゃあ、どうすれば「雑草力」を育てられるのか。 いちばん大事なのは、「人生の要所要所で、自分で選んだという感覚」を子どもに持たせてあげることです。 もちろん、いきなり何もかも自由に選ばせればいい、という話ではありません。年齢に応じて、親がある程度選択肢を絞ってあげることは必要です。 ただ、その中で「最終的に決めたのは自分だ」という手応えを積み重ねさせていくことが、とても大切なんですね。 たとえば中学受験。親がレールを敷いて「あなたのためだから受験しなさい」とだけ言って突き進ませると、合格しても「親に言われてやった」という感覚が残りやすい。 一方で、「受験するメリット・デメリット」「受験しない選択肢」も含めて一緒に考え、そのうえで子ども自身に決断してもらう。もちろん現実的なラインに選択肢は絞りますが、「自分で選んだんだ」という感覚が残るように関わる。 この違いが、あとあとの生きる力に大きく影響してきます。 もう一つ、親子関係で問題になりやすいのが、「うまくいっているときだけ優しい親」です。 成績がいいとき、仕事が順調なときはニコニコしている。でも、一度つまずくと、急に突き放したり、怒り出したり、無関心になったりする。 こういう態度は、「あなたの存在そのもの」ではなく「成果や結果」に対してだけ愛情を向けている、というメッセージになってしまいます。これは子どもの心に深い傷を残しやすいですし、人のせいにするクセや、自分で責任を引き受けられない性格にもつながりやすくなります。 では、自分が親に尊重されてこなかった大人は、どう生きていけばいいのか。 ここで大事なのは、「負の連鎖を自分の代で止める」という覚悟だと思います。 自分は尊重されなかった。だからこそ、自分の子どもや身近な人は尊重していく。 最初からうまくはいきません。尊重されてこなかった人は、「人を尊重する」という発想自体が自分の中にあまりないことも多いです。でも、意識して「相手を一人の人として扱う」練習を重ねていくと、不思議なもので、自分の中にも少しずつ「尊重される感覚」が育ってきます。 私はそうやって、親子関係の連鎖を途中で変えていった方を何人も見てきました。 親子関係の話は、実はパートナーシップや医師と患者の関係にもつながります。 良いパートナー関係、良いカップル・夫婦関係というのは、基本的に「対等」です。年齢差や収入差があっても、トータルで見ればお互いが支え合い、意見を出し合い、折り合いをつけていける関係ですね。 ところが、親子関係に問題があると、大人になってからの恋愛や結婚でも、相手に「親の役割」や「子どもの役割」を無意識に投影してしまうことがあります。 そうなると、本来は対等であるはずのパートナーシップの中に、妙な上下関係ができてしまう。すると不安や嫉妬、依存やコントロールが強まり、関係が不安定になりやすくなります。 医者と患者の関係も同じで、昔のような「お医者さんが親で、患者さんは子ども」というパターナリズム的な関係だけでは、今の時代はうまくいきません。 お互いに意見を出し合って、一緒に治療方針を決めていく――そういう意味で、医療の現場でも「対等な関係」が求められています。 親子関係の問題は、本当に根が深くて、人間関係全体に影響します。 お母さんと娘さんの関係、いわゆる「母娘関係」はとくに距離が近くなりがちで、密着しすぎたり、逆に極端に距離が開いてしまったりと、いろいろな形で問題化しやすいところです。 でも、たとえ過去の親子関係が不安定だったとしても、ここから先の人生で「対等な人間関係」を意識して育てていくことはできます。 相手の気持ちを聞き、自分の気持ちも伝え、お互いの意見を出し合って、その中間点を探していく。これを少しずつ繰り返すことで、人との関係は必ず変わっていきます。 最後に、いつもここに置いている拙著『私の中の希死念慮ちゃん』の宣伝を少しだけさせてください。 「死にたい気持ちを抱えながら生きている方」 「過去にそういう気持ちを持ったことがある方」 「身近に、死にたい気持ちを抱える人がいて、どう関わったらいいか分からない方」 こういった方々に向けて、精神医学の視点から、死にたい気持ちをどう理解し、どう付き合っていくかを、できるだけ分かりやすい言葉でまとめました。専門書は難しくて読みづらい、という方にも手に取っていただけるような内容になっていると思います。 親子関係に悩んでいる方も、そうでない方も、自分や大切な人の「生きる力」を見つめ直すヒントとして、もしよろしければ読んでみてください。 今日は「親子関係について一緒に考える」というテーマでお話しさせていただきました。 精神科医の芳賀高浩でした。また明日、お会いしましょう。さようなら。