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論 述: 曽川和翁 ───────── 挿入曲 : 『臥竜』 作 曲: 曽川和翁 音楽編曲: 佐孝康夫 ピアノ演奏:野原舞花 ───────── 動画監修&イラスト:曽川あや ───────── 使用音声ライブラリ VOICEVOX:九州そら 【明治人の気風/大将学・西郷隆盛と山岡鉄舟】 ●辞を低くした謙虚な生き方 侈傲の者は亡ぶ 貴賤に関わらずである これは荀子の箴言である 儒家でも道家でも、人間が奢る事を固く慎み、孔子でも老子でも、人が奢り、傲慢になる事を恐れ、また尊大になって、思い上がる事の危険を説いているのである。 傲慢と尊大の側面には、「権力の毒が横たわっているからである。 権力者になって有頂天になり、権力に物を言わせ、傲慢になり、尊大になれば、結局最後は自らを滅ぼし、人間としての格が失われるからである。 人格を損傷することは、而ち徳を失うとこに他ならない。 德を積むことは、今すぐという即効性はないが、のちに必ず自らに対して、余慶となって巡ってくる。 人に譲り、慈悲深く振る舞うことは、余慶をもたらし、人との争いを減少する。 こうした行為そのものが、人間を穏やかにさせるのである。 他人に対して烈しい言い方をしたり、頭ごなしの態度で、他人を軽く見て見下したりの行為は、鄙劣な態度と言うべきであろう。 また優しげな物言いをするからと言って、その人が柔弱であるということではない。 むしろ逆である。 柔弱者が空力みして威を張ってみせるようなものである。 巷間でも、弱い犬ほどよく吠えると言うではないか。 西郷南洲という人は、武人の典型のような人物であるが、そうであるからと言って、喩えば年少の者に対して、決して無礼でぞんざいな態度では接しなかった。 少年少女に対して、年少であっても、一個の人格を備えた存在であるとして、彼らを遇することは古来より、薩州の美風であるとされていた。 換言すれば、薩州人は、人を洞察することに長じていたと言えることである。 これは才覚だけを観る目とも違い、また容姿の美醜だけを観るのとも違う目を持っていたからである。 威に欠けるが徳がある。 それに比べ、才は人を傷つけるが、徳にはそれがない。 ●『史記』の「趙世家」に学ぶ この書物の一節に「周舎の諤々を聞かざるなり」という言葉が出典されている。 「周舎の諤々を聞かざるなり」とは、『史記の「趙世家に出典されている言葉だが、 趙武の孫に当たる簡子に、周舎という忠義の臣がいた。 趙武は支那春秋時代の晋の政治家であり、父の代に一度は滅亡した趙氏を再興させ、 晋と楚の和睦を成し遂げる大功をあげた人物である。 周舎が死んで後ち、簡子が嘆いて言うには「千匹の羊の皮も、狐の腋の毛皮一枚にも適わない」というものである。 そして、更に言うには「ただ唯々諾々として、周舎のように諤々と直言する者が、一人も居ない」というのである。 さて、日本の明治時代初期のことである。 明治になって日本は、若き明治天皇を擁して、西郷隆盛の実直さがあり、山岡鉄舟の剛直さがありで、時に、陛下に面と向かって直諌したてまつり、陛下が過ちを改められない限り、一歩も退かぬという気風が強かった。 明治天皇が酒の上で、侍従の山岡鉄舟に相撲を挑まれたことがあった。 ところが、天皇と臣下とは、相撲などして競うべきでないという信念を持っていた山岡鉄舟は、平身低頭したまま、これに応じなかった。 慍とした天皇は「それなら坐り相撲じゃ」と仰せられ、鉄舟に飛び掛かられたが、剣禅一如で鍛錬された躰は、微動だにしなかった。 益々、逆鱗された天皇は今度は拳を固めて、鉄舟の眼を突きに懸かられた。 眼を潰されてはたまらないと思った鉄舟は、これをひょいと躱した為に、天皇は空をついて、鉄舟の後ろへどっと斃れられた。 天皇は顔に擦り傷を負われ、酔い潰れた恰好で御寝されたが、あとが大騒動である。 侍従たちは、寄って集って謝る事を勧めたが、鉄舟はこれを頑なに拒んだ。 ただ、頭を躱したことについては、「一身はもとより、陛下にお捧げしたものであるから、負傷など些かも構わないが、 もし陛下が、酔興で臣下の眼を突かれたとあっては、陛下は、後世『天下の暴君』と呼ばれることになる。 それでも陛下が、拙者の措置が悪いと仰られるのなら、腹を掻っ切ってお詫び致す所存でござる」と言い切ったのである。 結局、明治天皇が「朕が悪かった、もう相撲もとらぬし、深酒もしない」と仰られて、一件落着となったが、躰を張って直言した鉄舟も偉かったし、また鉄舟に諭されて、それを受け入れて素直に反省された陛下も偉かったことになる。 【SNS、ウェブサイト一覧】 ・夜噺会:https://www.daitouryu.com/yobanashi/ ・西郷派大東流合気武術公式:https://www.daitouryu.com/ ・尚道館刀剣部:https://www.daitouryu.com/katana/ ・尚道館・女子部:https://daitouryu.com/kimono/ #明治人の気風 #西郷隆盛 #山岡鉄舟 #大将学 #荀子 #一寸の虫にも五分の赤心 #史記 #趙世家