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Les Trois Soeurs / Three Sisters / 三人姉妹 We are already almost the same as a too honest herd. A herd, which doesn’t have a destination, seems like a distorted mass of iron, binding itself with golden chains. Its instinctive sentiment is faithful to the present; therefore it binds itself very hard. But, if we seek a certain hope for the future, we will just have to plant new seeds in this hideous sentiment. Even if we cannot see its fruition. Kouhei NARUMI Création internationale avec français et japonais d'après Anton Tchekhov traduction : Kiyoshi JINZAI, André Markowicz and Françoise Morvan mise en scène, scénographie : Kouhei NARUMI création : novembre 2013 20e Festival BeSeTo / BeSeTo+, 68e Festival National au Japon au Nouveau Théâtre National Tokyo - the PIT durée : 80 minutes, sans entracte avec Moustafa Benaibout, Anna Carraud, Lyly Chartiez, Kimiko Kitamura Lilas Nagoya, Adil Laboudi, Hiroshi Kosuge, Maya Nukata, Mao Suda assistant dramaturg : Kevin Keiss régie générale : Takao Nakanishi co-scenographie : Takuya Aoki lumière : Yuho Shimada (Lighting Staff Ten-Holes) son : Masashi Wada, Akane Kawai, Shuichi Yamanaka vidéo : Yutaka Endo, Tomoya Kishimoto (LUFTZUG) photo : Yutaka Matsubara interprète en France : Kyoko Takenaka, Kaoru Soya production : Dainanagekijo coproduction : le comité de 20e Festival BeSeTo avec le soutien de la POLA ART FOUNDATION avec l'aide de la New National Theatre Foundation avec le sous-titre en japonais et anglais plus information http://nrmkh.tumblr.com/post/70598130... 日仏協働作品 三人姉妹 私たちはすでに愚直な獣の群れだともいえます。行くあてがないこの群れは、お互いをこがねの鎖で縛り、一つのいびつな鉄の塊にも見えます。獣が従う本能的な感情は現在に純粋であるがゆえに、さらに強く自身を縛ります。ただ、私たちがもし希望を求めるとすれば、その醜悪さを示す感情の中に新たな種を蒔き育てなくてはならないでしょう。たとえ私たちがその結実を目にすることができなくとも。 原作:A. チェーホフ 構成・演出・美術:鳴海康平 訳:神西清、Andre Markowicz、Francoise Morvan 初演:2013年11月2日 会場:新国立劇場 小劇場 (第20回BeSeTo演劇祭 BeSeTo+公演 / 平成25年度(第68回)文化庁芸術祭参加上演) 出演: Moustafa Benaibout, Anna Carraud, Lyly Chartiez Kimiko Kitamura, Adil Laboudi, Lilas Nagoya 小菅紘史、額田麻椰、須田真魚 アシスタントドラマトゥルグ : Kevin Keiss 舞台監督 : 中西隆雄 共同美術 : 青木拓也 照明 : 島田雄峰(Lighting Staff Ten-Holes) 音響 : 和田匡史 音響操作 : 河相朱音 音響補 : 山中秀一 映像 : 遠藤豊, 岸本智也(ルフトツーク) イメージ写真 : 松原豊(写真集『村の記憶』所収) 稽古場通訳(フランス): 竹中香子, 征矢かおる [フランス語・日本語上演 / 日本語・英語字幕] 助成:公益財団法人ポーラ美術振興財団 主催:第七劇場 共催:第20回BeSeTo演劇祭実行委員会 [初演時プログラム掲載のノートより] ずいぶん前、国語の授業で書いた何かの感想文で、多くのひとが若い頃に必ずといっていいほどこだわってしまうことについて、それは「いくつかの制限から解放されたときに錯覚する一時的な経験だ」というようなことを書いて、先生とケンカになりました。今思えば、恥ずかしいのひと言に尽きますし、それはケンカというような立派なものではなく、青臭い私を淡々と諭そうとした先生に納得がいかない私の単なる口答えに過ぎなかったように思います。それから20年近くが経ち、思いがけずまた同じことについて考えました。今度はチェーホフとともに。 さまざまな思考を磨き、大勢の血を流し、多くの涙が流れ、そして乾いていく中で、かつての私たちがそれを手に入れたということは、よく知られています。しかし、その上に立つ私たちは、はたしてかつての私たちが描いたような姿をしているのでしょうか。 20年という歳月で私に何か変化があったのか、2年または100年という歳月で私たちにどんな変化があったのか。 かつての私は差異を手に入れることによって自由という錯覚を経験すると書きました。しかし今、どうやら同じようには考えることができなくなっています。自由そのものが差異を生み出し、すでに私たちは自由から疎外されているように実感しています。 日本と韓国や中国で使われている言葉が異なるのと同じくらい、アジアとヨーロッパの自由をめぐる言葉も異なるように感じます。自由だけではありません。愛情についても、知性についても、労働についても、そして現在や未来や過去についても。いえ、もっと正確にいえば言葉そのものの人生における機能も異なる点が多いとも感じます。 私たちは言葉を使い、何かについて、何かをめぐって思いを伝え合います。そして私たちに許された自由の範囲内で、ひどくたくさんある選択肢の中からひとつを選びながら、自分自身を、または私たち自身をより良く描けるように期待します。 100年後の私たちが、今の私たちを描くとき、どのような姿をしているのでしょうか。 鳴海康平 第七劇場 代表 演出家