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①ベンチャーズの「ミザルー」(1995年4月発売のCD「ポップス・アラカルト」より)0:00~ ②ディック・デイル&デルトーンズの「ミザルー」(1962年4月発売のアルバム「サーファーズ・チョイス」より)2:35~ サーフ・インストの名曲「ミザルー」は “キング・オブ・ザ・サーフ・ギター” と呼ばれたサーフ・ロックの草分け的ギタリスト、ディック・デイルの代表曲です。しかし、彼のオリジナルというわけではなく、元のメロディはギリシャやトルコに古くから伝わる「ミシルルー」という民族音楽だそうです。「ミシルルー」とはギリシャ語で「エジプト娘」という意味で、歌の内容はギリシャ人の男が若く美しいエジプト娘を見染め、狂おしく恋焦がれるというものです。ベリーダンスにも使われるメロディだそうで、レバノン人の父親とポーランド人の母親の間に生まれたディック・デイルの文化的背景に中東音楽の影響があったことは紛れもない事実です。 ディック・デイルは本名をリチャード・アンソニー・モンスールといい、1937年5月4日に東海岸のマサチューセッツ州ボストンで生まれました。17歳の時にカリフォルニア州オレンジカウンティに移住し、高校時代はサーフィンとカントリー・ミュージックに没頭。高校卒業後は折りからのロックンロール・ブームに感化され、1958年に自らのバンド、ディック・デイル&デルトーンズを結成し、翌年には父親が彼のために立ち上げたデルトーン・レーベルから最初のシングル・レコードをリリースしています。デル・トーンズのオリジナル・メンバーはニック・オマリー(リズムギター)、レス・ロバーツ(サイドギター)、リック・リレーラ(ベース)、ジェリー・スティーブンス(ドラム)、アート・マンソン(サックス)、ビル・バーバー(ピアノ)の6人でした。ただし、1963年にキャピトルに移籍後のアルバムではほとんどの場合、グレン・キャンベルやレオン・ラッセル、ハル・ブレインなど “レッキング・クルー” の最強メンバーがバック演奏を務めていました。 のちに「サーフギターの帝王」と呼ばれることになるディック・デイルもデビュー当初はギターを弾きながら歌うロックンローラーでしたが、転機となったのはデビュー2年目の1961年にリリースした6枚目のシングル、「レッツゴー・トリッピン」でした。自身初のインスト・ナンバーは全米60位を記録するナショナル・ヒットとなり、これがサーフ・インストの嚆矢となりました。高速のスタッカート・ピッキングを取り入れた非常に珍しい左利き奏法によるデイルの演奏スタイルとギターサウンドに興味を持ったレオ・フェンダーが自らが開発したギターと最新のリバーブ・ボックス、そして史上初の100ワットのギター・アンプを実験的に彼に提供することになりました。 それまで左利きのディックは右利き用のギターをひっくり返して弾いていましたが、レオ・フェンダーから左利き用のギターを提供されてからも弦はそのまま一番細い1弦が上、太い6弦が下のままの仕様で、下から上に擦り上げるように弾く独特のスタイルを貫き通し、弦をピックで削るような独特の奏法と深いリバーブを効かせた音使いが唯一無二のサウンドを生み出し、1962年4月にリリースされた8枚目のシングル「ミザルー」が決定打となって「キング・オブ・ザ・サーフ・ギター」の名を確立するに至りました。 「ミザルー」は1941年にスイング・ジャズ・バンドのハリー・ジェームズ・オーケストラが最初にインスト・バージョンとしてレコード化し、1950年代以降はアーサー・ライマン・グループやアクセル・ストーダル、マーティン・デニー楽団などが相次いで取り上げたことで「エキゾチカ」と呼ばれる異国情を前面に打ち出したラウンジ・ミュージックのスタンダード・ナンバーとなりましたが、デイルがこの曲をサーフロックにアレンジしたことで、ジョニー&ハリケーンズ、チャレンジャーズ、ビーチボーイズ、アストロノウツ、トラッシュメンなど多くのエレキ・インストのカバーが生まれました。日本でも中シゲオのサーフコースターズや加山雄三&ハイパーランチャーズ、寺内タケシとブルージーンズなどがこの曲をカバーしているのはご存じのとおりです。 ベンチャーズは1994年にクエンティン・タランティーノ監督の映画「パルプ・フィクション」でディック・デイルの「ミザルー」が主題曲として使用され、リバイバル・ヒットしたのを受けて1995年にリリースした「ポップス・アラカルト」というCDにトップ・タイトルとしてこの曲を収録しています。このCDの演奏メンバーはジェリー・マギー(リードギター)、ドン・ウイルソン(リズムギター)、ボブ・ボーグル(ベース)、メル・テイラー(ドラム)、デビッド・カー(ピアノ、キーボード)とクレジットされていますが、15曲の収録曲のうち「ミザルー」と「スターダスト」の2曲だけはボブ・ボーグルがリードギターを担当しています。 ベンチャーズのバージョンはディック・デイルのオリジナルを忠実に踏襲しており、曲のテンポは若干遅いものの高音弦でのグリッサンドや強力なトレモロ・ピッキングによる迫力あるプレイでうまくカバーしています。サビをはさんで低音メロディと高音メロディを2回繰り返す構成もオリジナルと変わらず、異なる点はオリジナルではサックスが高らかに吹きまくるサビの部分をベンチャーズ版ではギターだけでカバーしているところぐらいですが、オリジナルに比べるとどこか優等生的に聞こえてしまうのはディック・デイルのサウンドがあまりにもワイルド過ぎるからでしょうか。聞けば、彼の “ビースト” と呼ばれるストラトキャスターには0.16、0.18、0.20、0.39、0.49、0.60とワイヤーのように太い弦が張られていたとか。それがあのバイオレントなサウンドを生み出す秘密だったのでしょう。 ディック・デイルは「ミザルー」のヒットを飛ばしてから2年後の1965年に直腸がんを患い、闘病生活のため表舞台から退き、60年代後半から70年代と不遇の時代を過ごしました。しかし、1980年代に入って健康を取り戻すとデルトーンズの名前を復活させ、演奏活動を再開、最終的にはソロ・アーティストとして新しいアルバムをリリースするなど旺盛な演奏意欲を見せ、そのワイルドなサウンドと独特の奏法はジミー・ヘンドリックス、キース・ムーン、スティーヴィー・レイ・ヴォーンなど後進のギタリストに多大な影響を与えました。復活後は酒もタバコもやめ、健康第一で演奏活動に専念していましたが、70歳を過ぎてから直腸癌が再発し、さらに腎不全と糖尿病を患うなど苦しい闘病生活が続き、2019年3月16日、カリフォルニア州で亡くなりました。享年81歳でした。 #TheVentures #Miserlou #DickDale ■■これまでにアップロードした動画の再生リスト■■ • ベンチャーズの名曲をオリジナルと聴き比べてみる