У нас вы можете посмотреть бесплатно 古墳探訪(NO.296)南阿田大塚山古墳、五條市南阿田町、帆立貝式前方後円墳、横穴式石室、解説版あり。2026.02.13 или скачать в максимальном доступном качестве, видео которое было загружено на ютуб. Для загрузки выберите вариант из формы ниже:
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市立五條文化博物館から車で13分(Googleマップ)猫塚からは12分とさほど離れていません。なので横穴式石室にも入れますので一見の価値ありです。急な坂道を登っていかねばなりませんが、途中あと◯◯mと書かれていますので励みになります。 解説版の内容はこちらに全文掲載します。参考にしていただけたらと思います。 「南阿田大塚山古墳は古くから平城・嵯峨両天皇の外祖父にあたる藤原義継の墓として伝承されてきた。 古墳は吉野川左岸、南阿田集落の背後の丘陵中腹に位置し、墳形は前方後円墳で、全長30m、後円部径21m、前方部幅15m、後円部の高さは北側で1.5m、南側で3.0mを測る。主軸は吉野川と平行に前方部をほぼ南西にむけている。墳丘上には円筒埴輪列や葺石などの施設はなかったが、発掘調査の結果、当初の盛土の基底部や墳頂部盛土の要所に緑泥片岩などの板石列が存在する事実が判明した。 埋葬施設は墳丘の主軸と直交する両袖式の横穴式石室で、石室は三波川帯の緑泥片岩や石英石墨片岩の板石を長手積及び小口積に構築している。玄室の裏込めには礫質砂岩・チャートなど吉野川で侵蝕をうけた円礫も使用している。玄室は長さ4.5m、幅3m、高さ約2.4mあり、奥壁、側壁、玄門上の見上げ石の持ち送りは急である。天井石は7枚で被覆している。羨道は長さ4.5m、玄門幅0.6m、羨門幅約1.0mで外に向かって広くなる。床面は玄室より一段高く作られている。羨門には緑泥片岩などの板石を丁寧に積み上げた閉塞石が残っている。 遺物は一部盗掘を受けていたものの遺存度はよく、原位置を保っているものが比較的多い。玄室においては奥壁東側で馬具類と挂甲、鉾が、中央部北よりから装身具類が出土している。このほか須恵器の杯、鉄鏃、紡錘車、鉄製釣針などが玄室内から出土している。羨道からも全面にわたって須恵器が多数出土したが、その中に動物の装飾をつけた台付壺、甑を蓋のつまみにした台付壺など注目すべきものが含まれている。 以上の点からみて、この古墳は6世紀前半頃に築造されたと考えられる。 南阿田大塚山古墳は吉野川中・下流では数少ない前方後円墳のひとつであり、また横穴式石室の比較的少ない地域にあって規模の大きい石室をもつだけでなく、副葬品も豊富に遺存していたのではその価値は高い。」 昭和63年3月 奈良県教育委員会