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ラジオ番組「聖書と福音」 http://biblegospel.org ■ラジオ関西:558KHz 毎週日曜日 朝7時45分~8時まで ■ラジオ福島:1458KHz 毎週日曜日 朝8時30分~45分まで ■メインメッセンジャー:高原剛一郎 ■メッセンジャー:尼川匡志、那須清志、三綿直人、慶相龍 #979 欠けを用いて下さる神 おはようございます。三綿直人です。 先日、丸の内付近を歩いていますと、あるニュース番組の街頭インタビューを受けました。全国ネットのニュース番組です。 健康ブームの中で、はちみつが注目されてる。はちみつは好きですか、はちみつをどのように食べていますかなど、きかれました。 私は張り切って5分位いろいろお話したんです。 それを聞いていた小学生の次男が最後のところで、「僕、はちみつ好きだよ…」と割り込んできました。 「お、おまえもテレビに出たいか」なんて思ったんですね。 それを聞いた幼稚園の長女も「わたしもはちみつ好き」と笑顔で話して、インタビューは終わりました。 「今日の夕方のニュース番組で出ますので、どうぞご覧ください」。ま、そんな風に言われて、家に帰ったんです。 テレビ取材の結末 そのニュース番組を録画して、どんなふうに映っているのかチェックしました。 そしたら何と、わたしが話した5分位のコメントは全部カット、最後の子供達二人が「はちみつ好き」と言っているところだけが、放映されているではありませんか。 皆さん、テレビって自分たちの都合の良い部分だけ編集して使うんですね。 「なんだテレビなんて、やっぱラジオや」と、思ったんです。 でも私はこのことを通して、ひとつ考えさせられました。それは人生も、自分の都合で編集できない、ということです。 私たちはSNSで自分の都合の良い部分、人に見せても良い部分だけを編集してアップします。 でも人生には、悲しみ、痛み、苦しみがあります。 これらの部分も含めて全部が、私たちの人生ではないでしょうか。 聖書は私たちの人生の喜びはもちろん、苦しみや悲しみも全部丸ごと受け入れて、その中での幸いを経験する道について教えています。 今日は「苦しみの中での幸い」と題して三つのポイントでお話ししましょう。 注文を間違える料理店 まず第一に、「聖書の神は失敗を前提に守る神だ」ということです。 先日「注文を間違える料理店」と言う話を聞きました。六本木に期間限定でオープンしたお店です。 このお店の不思議なところは、注文を取り次ぐウエイター、ウエイトレスが全部、認知症を抱える人たちだということなんです。 予約時間になると、順番にお客様がお店に入って来ます。 テーブルごとに担当の方が付くんですが、席に案内することができません。 自分がお客様なのか、ウエイトレスなのか分からなくなります。 一緒に席に着いてお話しています。「さて、私は何をしにここにいるんだっけ?」と、こんな感じなんですね。 でも、みんなニコニコしています。 注文を忘れ、違う人に届け、とそのお店の中は間違いだらけなんですが、そのテーブルに座っているお客さんたちは、その認知症を患っている方々の家族なんです。 そして自分のお父さんやお母さんが、働いている姿そのものを喜んで、涙ぐんでおられるんですね。 このお店のすごいところは、認知症を抱える人が安心して働ける仕組みがあることです。 この働いている方々の三倍もの方々が、この方々が充分仕事ができるように、危険や困ったことにならないように目を配っています。 注文と違ったメニューが届いても大丈夫なように、事前にお客様達には来店前にヒヤリングをしています。すべて失敗を前提に仕組まれているんです。 そしてそのお店の中に、なんと豊かな温かさがあるんです。私はそれを見て感動しました。 私たちの今の世界は、人の間違いを指摘し、受け入れることができず、責め立てる世界です。 でも失敗を前提にして、人生をマネジメントしてくださる神がおられるなんて、すてきなことだとは思われないでしょうか。私はこの神様を皆さんにご紹介したいんです。 ひび割れた壺の恵み 次に、聖書の神様は、人間の欠けを用いる神様だということです。 「ひび割れた壺の恵み」という話を読みました。こんなお話です。 インドに一人の水汲み人がいました。彼は仕事で二つの大きな壺を使っていました。 長い棒を首にかけ、両端に一つづつ壺を吊り下げています。 一つの壺は、一か所大きくひび割れたところがありました。もう一つの壺は大丈夫です。 両方ともに水をいっぱい汲んでご主人のもとに届けるんですが、ひび割れた方の壺は、家に着くころには水が半分しか残っていないのです。 二年間、この水汲み人は同じことを繰り返しました。 ひび割れた壺の方は、自分が充分でないことを恥じ、半分しか運ぶことができない、といつも惨めに思っていました。 ある日、そのひび割れた壺はご主人に言います。 「ご主人様、私は自分を恥じています。水を半分しか家に届けられません。本当に申し訳ありません。わたしには欠けがあるんです。ひび割れてるんです。水がそこから漏れてしまうのです。あなたが一生懸命運んでおられるのに、わたしのせいで充分な仕事をすることができていません。」 すると水汲み人が笑顔で答えます。「さあ、今日家に帰るとき、一緒に道端を見てみよう」。 その日の帰り道、ひび割れた壺はあたりを見回しました。 「さあ、ご覧なさい。おまえの側にだけ、花が咲いてるだろ。反対側にはないんだよ。それはね、私が、おまえのひび割れを知っていて、それを用いたんだ。おまえが通る側の道に種をまいておいて、毎日ここを通るとき、おまえの壺から水をやってたんだ。もう二年間、私はご主人にその美しい花を摘んで、きれいに飾って差し上げてるんだよ。おまえのひびがなかったら、ご主人の家は花がない家になったんだ。」 聖書の神は、私たちの欠けを修復するだけでなく、欠けを用いて豊かに富ませることのできる神なのです。 私たちはなんとか自分の欠点を改善しようと努力します。でも、私たちの作り主である神は、私たちの欠点をも用いることのできる神です。 どうか、この神をお知りになってほしいと思ってるんです。 愛を示しておられる方 三番目に、聖書の神様は、あなたが失敗したときこそ愛を示してくださる神だ、ということです。 人類の祖先、アダムとエバは神との約束を破り、罪とのろいの世界に入ります。 しかしその時に、神がとられた行動は何だったでしょう。衣を着せてやることでした。 この衣は、聖書の中で、親が特別に愛している子どもに着せる衣です。 失敗したとき、神は人に愛を示してくださったのです。 今日、自分の失敗で苦しんでいる方、自分には欠けがあると悩んでいる方、神はあなたの失敗を前提にあなたを守っておられます。 あなたの欠けを修復するだけでなく、そのまま用いてくださる神です。 そして何よりも、失敗して落ち込んでいる私たちに、愛を示しておられる神です。 どうかこの聖書の神を信じてください。心からお勧めします。 角谷憲太郎:用いてください 今日のみことば 私が苦しみの中を歩いてもあなたは私を生かしてくださいます。私の敵の怒りに向かって御手を伸ばしあなたの右の手が私を救ってくださいます。 (詩篇138:7)