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小説家がひとりもいない世界

#大人の朗読 #鬱病 #散歩 「えー、そうなんですかー？知らなかったですぅ。いつごろからいないんですかー？」 現代社会において、小説家と呼ばれる人がついに一人もいなくなったことを知っているか、という街頭インタビューに答えるOLさんがテレビに映っていた。 その解答が物語るように、多くの人がその事実すら知らないままに、ひっそりと小説家は消えてしまったのだ。 なぜこんなことになってしまったんだろう……。 まだ一人でも残っていたなら、少しは時代のせいにもできた。 でももういない……。 足を投げ出したままソファに座っていた僕は、リモコンでテレビを消した。 すると部屋の中はまた静まり返った。それはもう小説が生まれることがない世界の静まり方だ。 窓の外を見る。もう何日も外に出ていない。 小説家が一人もいない世界なんてどうせ毎日が日曜日か月曜日だろう。 箱に入れたままの真っ白いスニーカーの靴紐を全く違う色に取り替えてみた。 もっとも寂しいことは、この時点で僕は小説を読みたいと思えていないことだ。 外に出たら、懐かしい匂いがした。午後の日差し。 いつも目深に帽子をかぶることにしている。 てくてく歩く。精肉店の手作りコロッケに行列。 家族の増えた猫。 空に張り付いたみたいな空……。 小説家がひとりもいない世の中は一見正常に回っているように見える。 僕は家に何か忘れ物をした気がした。 そのせいで更に遠くまで歩けた。 駅前の繁華街まで来たところで、飲み屋の客引きに声をかけられた。 僕の前を歩く人みんなに「飲みいかがすかー」と声をかけていたのに僕にだけ「話聞くよ」となぜか親身に声掛けしてきた。 よほど思い詰めた表情をしてたらしい。 「小説家がひとりもいない世界で酒なんて飲めないよ」と僕はそれを手で遮った。 「お兄さん、もうけっこう飲んでるね」 駅ではたくさんの若者たちが恋人と待ち合わせをしていた。 小説家がいない世界だと、そこに何かの銅像もいらない。 いったいどんな恋をしようっていうんだよ。小説がもう生まれないのに……。 僕はつまらなかった。 Based on a true story この場合、後の祭りって意味か。 山手線の発車メロディまで違った。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　終