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架空の世界で稲作を演劇的におこない、模倣呪術として現世の豊作を祈念する田遊びは、日本では古い伝統を持つ祭祀である。それがどこまで遡れるのかは定かではない。農耕を演じることは、中国では湘西土家族のマオグース祭祀などに類例はあるが、その様子は大部異なる。一方、日本の田遊びは、各地で様々な形式でおこなわれているが、それらには多様性と同時に多くの共通性がみとめられる。古代のある時期に日本で広まったものが、その後、各地で独自の展開をして伝承されてきたと見なすことは可能だろう。田遊びは、伝承の期間が長いために、変異も大きく、また省略されて意味が不明となっている部分も多い。 三嶋大社のお田打ち神事は、そうした田遊びのひとつである。そのなかでも、黒い翁と白い翁の二つの面を用いることに特徴がある。翁面を用いる田遊びは、大阪の杭全(くまた)神社の御田植神事、神奈川の寒川神社の田打舞神事に例がある。新井恒易は「猿楽・狂言の成長と普及にともない、旧来の田遊びが再編成されて、芸能としての形態を新に創出したもの」[新井1981:180]と考えた。これに従うと、翁面は猿楽から移入されたもの、ということになるが、はたしてそれだけのものだろうか。徳丸の田遊びでは黒い面の田主が登場するが、田遊びには猿楽以前の面の伝統も継承されている可能性は考えておくべきだろう。 この田遊びの目的は、現代的にいえば、上述のように、模倣呪術によって現世の豊作を祈念、予祝することである。しかし、古代、すなわち田遊びが創始された頃は、祈年という抽象的な目的よりも、稲霊を迎えるというより具体的な目的が中心だったと考えられる。カミの世界の種籾には豊富な稲霊が含まれているから、それを「福種」として授かり、自らの種籾に加えて水田に播種する、ということがおこなわれたのである。稲霊を意識しなくても、縁起物として同様のことは近年まで続いていた(現在おこなっている農家もあるかもしれない)。神事が終了したあとに福種が撒かれというのは、神事で集めた稲霊を配布することであり、それは古代の穀霊、生命霊信仰を伝えるものなのである。単なる祭りの余興ではないことに注意すべきだろう。 この映像は、お田打ち神事当日の様子を、省略せずに記録した。ただし、一部、撮影の都合で連続していないところがある。詞章は、新井の記録[1981]を現代仮名遣いに改めてキャプションとして示した。若干異なるところもあるが、それは原則として当日の表現にあわせた。 ◉内容 00:00 拝殿での神事 00:57 舞殿に移動 穂長、福太郎、田主は、頭に赤い椿の花をつける。 01:42 口上 翁面の穂長の登場を告げる。 02:40 田打 梅の花のついた鍬で田を耕す。 11:13 水口開け 苗代田に取水口、排水口を開け、水を引き入れる。 11:56 苗代かき 社家の児童(この時は六歳)が牛役となる。穂長は鏡餅を持つが、これをマグワとみなす。福太郎は鼻竿を持つ役。実際には、鼻には付けず、手に付ける。 17:00 苗草敷き 肥料としてヨシ草を水田に撒く。松葉をヨシ草とみたてている。大足(田下駄の一種)で水田に敷き込むが、大足を忘れてきたので、小足で作業するという(小足という農具はない)。能の三番叟で足を踏む所作は、地を踏みしめ邪気を祓うとか大地の霊を呼び起こすとかいわれるが、農作業に照らして考えれば、種まき前のこの苗草敷きの可能性がある。最後に、やや唐突に、魚を取った話がでる。田遊び系の芸能で魚釣りの行われることがあるが、そうした演技がここであったのかもしれない。 23:23 種蒔 大小二つの種籾桶を祭壇に供え、祝詞を奏上した後、中に入っている種籾を苗代田に播種する。 30:00 苗見 苗代に水が入り、順調に育っているかを見回る。福太郎が一人でおこなう。 33:02 鳥追 害獣である鳥を追い払うために、スリザサラと鳥追い棒(通常は刻み目のあるササラコを用いるが、ここでは単なる棒)を用いる。鳥を追うといいながらも、実際は、悪魔、穢れを祓うということである。諸神を祀る祭場を浄め、神事に関わるもの、参会者などを浄め、最後に自身を浄めて終わる。 41:57 雨乞 雷が鳴り、夕立が降って、農作業の一行が家路に急ぐ様子を示すという。先頭は田主で、紙の貼られていない没紙傘を持つ。続いて、鍬を持った穂長と福太郎。次は、酒を入れる瓶子を天秤棒で担ぐ二人の太平役、行器(ホカイ)を持った行器役、汁桶を持った中指役、最後は飯櫃を持った五月女(ヒルマモチ、オナリ)である。 43:33 福種、福餅まき 宮司が最初、四方に福種、福餅を撒く。その後、太鼓が打鳴らされ、奉仕者等によって、福餅が撒かれる。 【撮影日】2009年1月7日 【撮影場所】静岡県三島市大宮町 三嶋大社 【撮影・編集】乾尚彦 【制作日】2021年6月19日 ◉文献 新井恒易 ―1981『農と田遊びの研究 上巻』明治書院 三嶋大社のお田打制作委員会 ―n/d(撮影は1996)『三嶋大社のお田打』(映像 32分)地域文化資産(地域創造) • 【本編】三嶋大社のお田打