У нас вы можете посмотреть бесплатно 89歳の”1期生”が振り返る名鉄百貨店 全盛期の60年代は「レジから煙」の大混雑 閉店に寄せる思い (26/02/27 или скачать в максимальном доступном качестве, видео которое было загружено на ютуб. Для загрузки выберите вариант из формы ниже:
Если кнопки скачивания не
загрузились
НАЖМИТЕ ЗДЕСЬ или обновите страницу
Если возникают проблемы со скачиванием видео, пожалуйста напишите в поддержку по адресу внизу
страницы.
Спасибо за использование сервиса ClipSaver.ru
2月28日で閉店する名古屋の名鉄百貨店。開業したのは、71年前。その時に入社した「1期生」たちに、閉店前の思いを聞きました。 「やっぱり開店当時のあれ。懐かしいなぁ。名鉄電車の地図」 石川妙子さん(89)の視線の先にあるのは、名鉄百貨店の最初の包装紙。 名鉄の路線図があしらわれています。 石川さんは名鉄百貨店に「1期生」として入社し、10年間勤務しました。 名鉄百貨店は1954年、戦後復興中の名古屋を盛り上げようと開業。 東海地方初のターミナルデパートでした。 石川さんは紳士肌着売り場に配属され、最初の大きな仕事は、お歳暮でした。 「男性の下着の上下が飛ぶように売れていた。とにかく包装です。『ここから中心に』と、最初に置く場所を教えてもらったので、包装は得意です」(石川さん) 「レジから煙が出た」逸話も 朝からお客さんであふれていたという店内。 あまりの混雑に「レジから煙が出た」という逸話も残っているほど。 石川さんも、人の波に押されて売り場の陳列ケースが動いていたと振り返ります。 「本当に『すごいなぁ』『売れるな』という感じ。売れることに対して、私たちも喜びと悲鳴があがりましたね」 「(建物が)4階ぐらいまでのときに、入社しているんですよ」 石川さんが入社した当時、百貨店は地上3階・地下1階でした。 増築により、全館が完成したのは、そこから3年後。 最先端の洋服を取り入れたファッションショーや、今では定番となっている「北海道物産展」など華やかなイベントと斬新な企画で、時代を先駆ける存在となりました。 エレベーターガールのOGも 1月、石川さんら名鉄百貨店のOGが集まり、当時の思い出を話してくれました。 1960年に入社した、井上加代子さん(83)。 顧客部に配属され、エレベーターガールを務めていました。 「80円均一か実用品売り場に行きたい、忙しいところに行きたいと思っていたんです。そしたら一番嫌な顧客部だったんです。でもいま思えば(顧客部で)良かったです」(井上さん) エスカレーターに戸惑ったお客さん 井上さんが「今でも印象的」と話すエピソードがあります。 「その当時は、みなさんエスカレーターとかエレベーターに不慣れな人が多かった。今でこそ子どもも、さっと行くけど、(当時は)一歩が踏み出せなかった」(井上さん) 当時、首都圏以外では、エスカレーターは珍しいものでした。 「鉄道会社の百貨店なので、地方から来る人が多かった。『青い手すりをお持ちください』と背中を押してあげないと、皆さん乗れなかった。降りるときは『軽く足を上げてください』と大きな声で言ったのを覚えている」(井上さん) 1960年代、百貨店は「全盛期」に 1958年に誕生した「屋上遊園」。 子どもたちの笑い声があふれる場所となりました。 翌年の1959年には、全国初の「回るお菓子」も登場。 そして1960年代、百貨店は「全盛期」に。 名鉄百貨店も、家族そろって出かけられる場所として、多くの人から親しまれるようになりました。 結婚を機に退職したという“1期生”の石川さん。その後も、名鉄百貨店に通い続けてきました。 「もうずっと、名鉄と私は切り離せない場所です。とにかく何かがあって、時間もあればここに来る」(石川さん) 1期生が百貨店に寄せたメッセージ いよいよ28日、名鉄百貨店は71年の歴史に幕を閉じます。 「やっぱり自分が働いていたところがなくなるのは、とても寂しいことだなと思います」(石川さん) 石川さんが、名鉄百貨店に宛てたメッセージは…。 「感謝 ありがとう とても淋しいです」