Русские видео

Сейчас в тренде

Иностранные видео


Скачать с ютуб 0223 慈光寺本『承久記』は日本で最初の同性愛文学か?(その1) в хорошем качестве

0223 慈光寺本『承久記』は日本で最初の同性愛文学か?(その1) Трансляция закончилась 6 дней назад


Если кнопки скачивания не загрузились НАЖМИТЕ ЗДЕСЬ или обновите страницу
Если возникают проблемы со скачиванием, пожалуйста напишите в поддержку по адресу внизу страницы.
Спасибо за использование сервиса savevideohd.ru



0223 慈光寺本『承久記』は日本で最初の同性愛文学か?(その1)

一、前回配信の補足 『増鏡』作者に関しては諸説あったが、現在は二度の改説を経て二条良基説に回帰した小川剛生氏の見解が最有力であろう。 小川剛生「『増鏡』の問題」(その1)(その2)〔2020-01-26〕 https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/25... https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/8d... ただ、摂関家に言及することの少ない『増鏡』において、次のようなエピソード(第十三「秋のみ山」の最終場面)があることをどう考えるか。 井上宗雄『増鏡(下)全訳注』p114以下 ------- 近衛家平の他界  その後、幾程なく右大臣殿の御父君、前関白殿 家平 御悩み重くなり給ひて、御髪〔ぐし〕おろす。にはかなれば、殿の内の人々いみじう思ひ騒ぐ。大方〔おほかた〕、若くてぞ少し女にも睦ましくおはしまして、この右大臣殿などもいでき給ひける。中ごろよりは男をのみ御傍らに臥せ給ひて、法師の児〔ちご〕のやうに語らひ給ひつつ、ひとわたりづつ、いと花やかに時めかし給ふ事、けしからざりき。  左兵衛督忠朝〔ただとも〕といふ人も限りなく御おぼえにて、七、八年が程、いとめでたかりし。時過ぎてその後は成定といふ諸大夫いみじかりき。このころはまた隠岐守頼基といふもの、童〔わらは〕なりし程より、いたくまとはし給ひて、昨日今日までの御召人〔めしうど〕なれば、御髪おろすにも、やがて御供つかうまつりけり。病ひ重らせ給ふ程も、よるひる御傍らはなたずつかはせ給ふ。すでに限りになり給へる時、この入道も御後ろにさぶらふに、よりかかりながら、きと御覧じ返して、「あはれ、もろともにいで行く道ならば嬉しかりなん」とのたまひも果てぬに、御息とまりぬ。右大臣殿も御前にさぶらはせ給ふ。かくいみじき御気色〔けしき〕にて果て給ひぬるを、心うしと思〔おぼ〕されけり。  さてその後、かの頼基入道も病ひつきて、あと枕も知らずまどひながら、常は人にかしこまる気色にて、衣ひきかけなどしつつ「やがて参り侍る、参り侍る」とひとりごちつつ、程なく失〔う〕せぬ。粟田の関白の隠れ給ひにし後、「夢見ず」と嘆きし者の心ちぞする。故殿のさばかり思されたりしかば、めしとりたるなめり、とぞいみじがりあへりし。 http://web.archive.org/web/2015091804... 二、慈光寺本『承久記』の作者 私見は藤原能茂〔よしもち〕説。 仮に私見が正しければ、慈光寺本『承久記』は日本で最初の同性愛文学(?)となりそう。 そもそも藤原能茂とは何者か。 慈光寺本『承久記』の作者は藤原能茂ではないか。(その1)~(その3)〔2023-02-02〕 https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/87... https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/03... https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/ee...

Comments