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今週の聖句 「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように 神よ 私のたましいはあなたを慕いあえぎます。」(詩篇42篇1節) タイトル「神に渇くたましい」牧師 浅野正己牧師 【聖書箇所】 詩篇63(旧約P995) ヨハネの福音書11:25(新約P205) 【動画内で引用した著作物の出典】 新日本聖書刊行会「聖書 新改訳2017」いのちのことば社,2017 福音讃美歌協会「教会福音讃美歌」いのちのことば社 【説教要約・補足(2025.10.5.礼拝)】 「神に渇くたましい」詩篇63 ◆ダビデはこの詩篇の冒頭で"神よあなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない衰え果てた乾いた地で私のたましいはあなたに渇き私の身もあなたをあえぎ求めます。"(詩篇63篇1節)と述べているが、他の詩篇では"主は天から人の子らを見下ろされた。悟る者神を求める者がいるかどうかと。すべての者が離れて行きだれもかれも無用の者となった。善を行う者はいない。だれ一人いない。"(詩篇14篇2~3節)と神様を求める人がいないと述べている。どう理解したら良いのだろうか?◆最初の人アダムとエバが神様に背いたことにより、人は神様を離れ自らを神の様にして、神様抜きで生きる様になった。人間を頼みとして造り主である神様を頼りにし従うことを拒否する様になった。つまり、神様を真実の意味で求めない状態にあるのが人間の現実だと言えるでしょう。それがここでダビデ自身は、激しく神様に飢え渇き、神様を切に求めているのです。◆ダビデは自己存在のすべてを造り、自分のすべてを治めているのは神様であると理解していた。神様抜きで自分は存在しないし正しい人間ではあり得ないことを知っていた。神様が身もたましいもご自身で満たしてくださらなければ満たされないことを実感していた。身もたましいも神様が共におられ、すべての悪から守り助けてくださるお方と信じていた。その様な祝福を与えてくださるのも、すべて神様の恵みと知っていた。ダビデは神様を知り、神様と自分との関係を知っていた。だから、神様に身もたましいも飢え渇き求める人であったのだろう。 【連絡先】 上尾キリスト福音教会メール hesedo1331si@gmail.com 上尾キリスト福音教会 ✕(ツイッター)@ageofukuin 求道牧師✕(ツイッター)@maskay5667 BGM: Otologic BGM:https:mmt38.info