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「祝福の民」 1、祝福の民 民数記 6:23−27 「アロンとその子らに告げて言え。 あなたがたはイスラエル人をこのように祝福して言いなさい。」 『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。 主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。 主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』 彼らがわたしの名でイスラエル人のために祈るなら、わたしは彼らを祝福しよう。 これは、主がモーセに語られた言葉です。 モーセと共にイスラエルの民を導く立場であったアロンにイスラエルの人々を祝福するように語られました。 もし、主の名によって、神様の守り、恵み、平安があるように祈るなら、神様ご自身が一緒に祝福してくださることを約束してくださっています。 すなわち、私たちが誰かのために祈るなら、神様が一緒に祝福してくださるのです。 僕自身も、クリスチャンだけでなく、ノンクリスチャンのために祈ることがあります。 その時に、一瞬脳裏に「自分のようなものが祈っても・・・と頭に浮かんだりしますが、 そんな時は、祈りを聞いてくださる神様のことを思い出すようにしています。 たとえ、自分の祈りが小さくても、祈りを聞いてくださる神様は偉大な神様だからです。 私たちが祝福するなら、神様も祝福してくださるのです。 こんな心強いことはないと思います。 私たちは、神の祝福を注ぐ器なのです。 今年の最初のメッセージで、神の器というタイトルで、生活に困窮した家族が預言者を通して、 家にかろうじて残っていた油を、家にあった器と、借りてきた器に注ぎ、器がもうないと言うまで油が出続けたという話をしましたが覚えているでしょうか? 私たちの持てるものを使って神様は、その必要を満たすだけで無く、溢れるほどに祝福されるお方です。 私たちの力が少ししか無くても、神様の力は無限です。 もし、あなたが誰かを祝福し祈るなら、神様も一緒に祝福してくださり、無限の神の力が注がれるのです。 これは、牧師や、使徒、伝道師の特権ではなく、すべてのクリスチャンに与えられている特権です。 もし、自分の祈りに自信がなかったとしても、聞いてくださる神様が偉大であることに確信を持って祈りましょう。 何故なら、私たちはイエス様の十字架を通して、神様に選ばれた祝福の民だからです。 2、あなたを守る神の祝福 民数記 22:12 神はバラムに言われた。 「あなたは彼らといっしょに行ってはならない。 またその民をのろってもいけない。 その民は祝福されているからだ。」 イスラエルの民が、40年の荒野の旅を続けている中で、様々な敵を蹴散らしていたことを聞いたモアブの王バラクは、イスラエルの民の勢いを恐れてバラムにイスラエルの民をのろわせようと考えました。 このバラムという人は、神の声を聞くことができる人でした。 少し前の節に、「あなたが祝福するものは祝福され、あなたがのろう者はのろわれることを知っている。」とバラムが語っているので、バラクはそれなりに名の知れた預言者のような存在だったのでしょう。 バラムのところに、バラクの使者たちが訪れて、バラムに一緒に来てくださいとお願いをしました。 すると、神様はバラムにあらわれてこう語りました。 「彼らと一緒に行ってはならない。またその民をのろってはいけない、その民は祝福されているからだ。」 イスラエルの民は、祈りによって守られていました。 神様の民は、いかなるのろいも受け付けません。 神様の守りの中にある時に誰ものろうことはできません。 なぜなら、神様によって祝福されているからです。 同じように、祝福の民であるあなたも神様の祝福を受け、守られているのです。 民数記 24:10 そこでバラクはバラムに対して怒りを燃やし、手を打ち鳴らした。 バラクはバラムに言った。 「私の敵をのろうためにあたなを招いたのに、かえってあなたは三度までも彼らを祝福した。」 バラムはモアブの王バラクにイスラエルの民をのろうよう頼まれたが、三度もイスラエルの民を祝福した。 例え、あなたの周りの人があなたをのろうことをしても、神様の力によって全てが益に変えられていくのです。 もしかしたら、最近誰かにおとしめられるようなことだったりがあるかも知れません。 神様はすべてのことを見て、知っておられ、最良の道へとあなたを導かれます。 神様の祝福の中にとどまりましょう! 3、祝福しよう! モアブの王バラクにとってイスラエルの民は驚異的な敵でした。 恐れからイスラエルの民と敵対しようとしましたが、その背後に居られる神様と敵対してしまったのです。 誰と一緒にいるのかというのは、とても重要なことです。 神様が共におられるなら、その民は祝福されています。 しかし、神様に敵対するならば、祝福された民を呪うことすらできないのです。 バラクは自分中心に物事を考えていたゆえに、神様に敵対するものとなりました。 人をのろうということは、神様の御心ではありません。 むしろ、人を祝福することが神様の御心です。 申命記 30:19−20 私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。 私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。 あなたはいのちを選びなさい。 あなたもあなたの子孫も生き、あなたの神、主を愛し、御声に聞き従い、主にすがるためだ。 確かに主はあなたのいのちであり、あなたは主が、あなたの先祖、アブラハム、イサク、ヤコブに与える誓われた地で、 長く生きて住む。 この御言葉の中で、「いのちと死、祝福とのろい」がセットで書かれており、それは対比のように見えます。 祝福を選ぶことで、わたしたちはいのちの中を歩むのです。 のろいを選ぶことで、死に近づいてしまいます。 具体的にどうしたらいいのか? いのちの中を歩むために、あなたの周りにいる人を祝福しましょう。 言葉による祝福、経済的な祝福、霊的な祝福をするのです。 イエス様は、人々を様々な形で祝福しました。 子供達のために祈ったり、祝福の祈りをして多くの人に食事を提供したり、癒しの祈りをしたり、人々から責められている人を守ったり、罪人の隣人となられました。 イエス様は人々を愛することを通して、人々を祝福したのです。 旅行のお土産を渡したり、コーヒーを奢ったり、一緒に食事をするだけでもその人の必要に見合っているならば、あなたはその人にとっての祝福となります。 スモールグループでお互いのために祈ることもそうです。 職場や学校、また家庭で、きつい呪いの言葉よりも、励ましの言葉という祝福を与えましょう。 あなたが行くところどこであっても祝福しましょう。 あなたが祝福する時に、神様が一緒に祝福し、そこに神様がおられるからです。 自己中心では無く、神様中心に考え行動することが、神様の祝福を歩む道にとなるのです。 のろいや死を選ぶのでは無く、いのちと祝福を選びましょう。 そうすることで、あなたもあなたの家族、子孫も祝福されます。 この教会の3つの柱にあるように、神様を愛しましょう。 それは同時に、隣人を愛することと同じことです。 御声に聞き従い、あなたの周りの人を祝福するのです。 そうすることであなたは磨かれていき、神の光をより強く反射するものとなるのです。 自分の力では限界があるでしょう。 そんな時は主にすがって、自分の持てるものを用いていただきましょう。 神様は、世界を変える神の器としてあなたと共に働かれるお方です。 ・質問 ①神様があなたを通して誰を祝福したいと願われていますか? ②あなたは、その人たちをどのように祝福することができますか? 聖書の御言葉は聞くだけで終えてはもったいないです。 先ほどの申命記の御言葉にあったように、聞き従うことが大切です。 ぜひ、神様の御言葉を実践して、祝福の基となり、祝福の民として、いのちあふれる人生を歩みましょう!