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愛知県津島市 休蓮院貞寿寺(関通流) 昭和60年10月午前 第一座(続き) 一遍上人というのは、 南無阿弥陀仏で無生の生というような座禅の悟りを開かれた方です。 良寛さんは座禅で悟られても、 「草の庵 寝ても覚めても申す事南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と南無阿弥陀仏を喜ばれました。 だから南無阿弥陀仏は宗派や宗旨には関係ないのです。 凡夫だから悪いことしても南無阿弥陀仏で死んだら極楽へ行けるというのでは、 誤魔化しのような話にしかならないですかね。 南無阿弥陀仏というのは、生きた生命そのものへの取り組みです。それを無二的生活というのです。 無二的な文化というのはお互いに生かし合う生活ですから、 永遠の値打ちのあるような生活、そういう文化でなければ、 死んでから自分だけ極楽へ行けるなどというようなのは寝言です。 これからは、念仏の中身というのは世界の宝であるということを 無二的人間として証明していかなくてはいけません。 念仏というと今までは、 わかった様なわからん様な話がまかり通っておったけど、 これからの宇宙時代は無二的人間の生活としての中身がなくてはならんのです。 何十億年かかって生まれた私たちのいのちですから、 そういう永遠のいのちの実っていく生活をしなくては阿弥陀さんに申し訳ないではないですか。 南無阿弥陀仏で阿弥陀さんのような生き方ができれば極楽です。 それは自分の心が決めるのですよ。 『無量寿経』にそう書いてあるのです。 「独り生まれ独り死んでいく」のだと。 自分の心が地獄も極楽も決めていくのだということです。