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江利チエミの生涯

今回は、朝ドラ「ブギウギ」に登場する歌手・水城アユミの実在のモデルとなった江利チエミの生涯を紹介します。 江利チエミは、本名を久保智恵美と言い、昭和12年1月11日に、東京市下谷区で、音楽家・久保益雄の長女として生まれました。 父親の久保益雄は、吉本興業のバンドマスターで、三味線漫談で人気の柳家三亀松の相三味線やピアノ伴奏を担当していました。 父親は、三味線やピアノを独学で習得しており、非常に音楽センスの優れた人だったそうです。 母親は谷崎歳子と言い、東京少女歌劇団でスターとして活躍した後、吉本興業に入り、浅草の軽演劇で活躍した有名な女優でした。 高血圧症に苦しんでいた母親は、江利チエミを妊娠したときに腎臓を悪くして、医者から出産を止められました。 しかし、どうしても女の子が欲しかった母親は、次は女の子かも知れないと言い、自分の命と引き換えにすることを覚悟して、出産に望みました。 母親は2時間も意識不明に陥るほどの難産だったのですが、江利チエミを無事に出産すると、父親は「女性は利口で美しいのが幸福だ。知と美に恵まれるように」と言い、智恵美と名付けました。 江利チエミは末っ子の長女だったので、大変可愛がられて、甘やかされたのですが、江利チエミの両親は巡業に出て家に居ないことが多いため、祖母と3人の兄が江利チエミの親代わりとなりました。 このため、江利チエミは、男の子と間違われるようなジャジャ馬娘となり、兄3人を相手にしても動じない、肝の据わった子供に育つのでした。 江利チエミは、小さな頃から兄に背負われて、両親の舞台を見に行っていました。 母親は、せっかく娘を産んだのに、仕事が忙しいので、親子の会話もできないため、娘には芸能界には入って欲しくないと思ったので、江利チエミに「劇場に来てはいけないよ」と言い、仕事に出かけていたのですが、気がつくと、客席に江利チエミが居て、手に持っているキャラメルを食べるのを忘れて、ステージの歌に聴き入っていました。 江利チエミは歌が大好きで、大人の歌を覚えて歌い、近所では歌がうまいと評判で、いつも両親に舞台で歌いたいとだだをこねていました。 しかし、江利チエミを芸能界に入れたくはない母親は、江利チエミを舞台には上げません。 それどころか、江利チエミのモノマネがあまりにも上手いことに驚き、「子供は子供らしい歌を歌いなさい」と叱り、モノマネを禁止したそうです。 やがて、江利チエミの一家は、東京の空襲で自宅が焼けたので、引っ越したのですが、引っ越した家も空襲で焼けてしまいます。 江利チエミは山梨県へと疎開したのですが、疎開先も空襲で焼けたので、チエミの一家は空襲で全てを失って終戦を迎えるのでした。 戦後、母親は仕事を辞めて床に伏せており、家計は父親の収入に依存することになるのですが、柳家三亀松の相三味線を務めていた父親は、柳家三亀松と意見を対立させて破門となり、失業してしまいます。 このため一家は非常に貧しい暮らしを強いられ、江利チエミは小学校に弁当を持って行く事が出来ないほどの貧乏でした。 それでも、江利チエミは明るく、小学校から帰ると、鴨居からぶら下げたタワシをマイクに見立てて、笠置シヅ子の「東京ブギウギを歌ったり、役者のモノマネをしたりしていました。 そのようななか、小さい頃から舞台に上がりたいとだだをこねていた江利チエミは、近所のお祭りの舞台に上がり、笠置シヅ子の「東京ブギウギ」を歌って1等賞を取りました。 すると、近所に住んでいた歌手が、両親に内緒で江利チエミを戸塚の米軍キャンプに連れて行ってくれ、ステージに上げてくれました。 江利チエミは、このときに受けたアメリカ人の拍手に感動して、歌手になりたいと思うようになったそうです。 江利チエミの両親は芸能界に入る事に反対していたのですが、江利チエミは舞台に立ちたいと言ってだだをこねていました。 江利チエミは風邪を引くと、「私は、体が弱いでしょ。いつ死ぬかも分からないでしょ。だから一生のお願い。死ぬ前に1度でいいから舞台に立たせて」と言い出す始末です。 そのようななか、米兵関係のバンド演奏の仕事で食いつないでいた父親は、仕事の関係者から、江利チエミに東京ブギウギを歌わせてはどうかと勧められました。 そこで、父親が江利チエミを仕事に連れて行くと、江利チエミの歌が米兵に受けました。 こうして、江利チエミは10歳くらいのときから、父親の仕事についていき、米兵の前で笠置シヅ子の「東京ブギウギ」などを歌うようになります。 このとき、母親が、アメリカ人の前で歌うのなら、アメリカ風の名前が良いだろうと言い、「エリーチエミという名前を付けました。 この「エリーチエミが、後に「江利チエミ」となります。 笠置シヅ子が、アメリカ巡業に出る美空ひばりに、アメリカでブギを歌うなというブギ禁止令を出した翌年のことです。 14歳の江利チエミは、笠置シヅ子と榎本健一が共演する舞台「お染久松に子役として出演し、初舞台を踏みました。 しかし、江利チエミが他の舞台で、笠置シヅ子の「東京ブギウギを歌っていたため、笠置シヅ子から東京ブギウギを歌うなとクレームを付けられたうえ、出演中の舞台「お染久松からも降板させられてしまいました。 江利チエミの母親は有名な喜劇女優で、笠置シズ子や榎本健一と共演しており、笠置シヅ子を親友だと思っていたので、チエミが降板させられたことに落胆します。 さらに、母親は江利チエミに芝居の世界を見せようとしたのか、芸能界への復帰を決め、江利チエミを連れて映画のオーディションを受けるのですが、母親は映画の撮影に入る前に倒れてしまうのでした。 笠置シヅ子からブギを禁止された江利チエミは、笠置シヅ子のモノマネから脱却するため、レコード歌手を目指して、レコード会社のオーディションを受けるようになります。 このころ、江利チエミと同い年の美空ひばりが、スターとして活躍しており、娘を持つ親たちが、我が子を第2の美空ひばりにしようと思い、レコード会社に詰めかけていました。 しかし、第2の美空ひばりは現れず、レコード会社は少女歌手の売り込みに嫌気を差しており、オーディションは形式的になっていました。 このため、江利チエミは、オーディションで英語のジャズを歌うことができず、ピアノの伴奏で流行歌を歌わされたので、全てのオーディションに落ちてしまいました。 江利チエミは電話に出ると、お母さんと間違われるほど声が更けており、子供らしくなかったので、レコード会社から相手にされなかったようです。 そのようななか、江利チエミは、父親の知り合いの紹介で、キングレコードのオーディションを受けることになるのですが、オーディションの10日前に、江利チエミの活躍を切に願っていた母親が死去してしまいます。 すると、母親の事が大好きだった江利チエミは、母親の喪に服すという意味で、頭に黒いリボンを付けて、オーディションに臨みます。 キングレコードのオーディションでは、父親の知り合いのバンドマンの協力があり、オーケストラで好きな歌が歌えたので、江利チエミは、亡き母に捧げるつもりで、英語の「テネシーワルツ」を歌いました。 オーディションを担当したディレクターの和田隆夫は、江利チエミの歌を聴いて、ジャズの唱法に優れた恐ろしく勘の鋭い少女だと思ったのですが、アメリカのレコードのモノマネに過ぎないと思い、大勢の歌手志望者と同じように形式的な対応をして、江利チエミを返しました。 しかし、翌日、和田隆夫の頭の中に江利チエミの歌が残っていたので、これはひょっとしたらと思い、江利チエミの家に何度も速達を出すのですが、一向に返事が無いので、もう他のレコード会社に決まったのかと思って諦めました。 ところが、江利チエミが巡業に出ている事が判明し、ようやく江利チエミと連絡を取ることが出来ました。 実は、江利チエミの父親は、オーディションに落ちたと思い、江利チエミを連れて巡業に出ていたのです。 こうして、レコーディングから半年後、江利チエミは巡業から戻ってくると、直ぐにキングレコードと契約を結び、デビュー曲のレコーディングの準備に入ります。 キングレコードはデビュー曲として「ダイナ」と「私の青空」を用意していたのですが、江利チエミは「テネシーワルツ」をデビュー曲にすると決めていたので、「今時、そんな古い曲を歌っても、私の損になる」と拒否し、「テネシーワルツ」を歌うと言います。 和田隆夫は、「テネシーワルツ」を歌っても、所詮はアメリカのレコードのモノマネになると思ったのですが、英語と日本語のチャンポンなら売れるのではないかと思い、「テネシーワルツ」の一部を日本語に訳しました。 しかし、江利チエミは、できあがった歌詞を見て、この歌詞ではメロディーに乗らないと言い、もう一度、歌詞を書き直してもらいます。 そして、新しい歌詞が完成すると、江利チエミは再び黒いリボンを付けてレコーディングに臨み、亡き母に捧げる「テネシーワルツ」を歌うのでした。 こうして、江利チエミは15歳の時に、「テネシーワルツ」でデビューします。 江利チエミの英語力は、米兵が「アメリカでも通用する」と太鼓判を押すほどで、江利チエミの歌を聴いた音楽のプロやインテリ層は「ハーフではないのか」「凄い歌手が出てきたぞ」と驚きます。 そして、「テネシーワルツ」は40万枚を売り上げるヒットとなり、江利チエミは瞬く間にスターダムへとのし上がり、先行していた美空ひばりのライバルとなるのでした。