У нас вы можете посмотреть бесплатно 【東日本大震災15年】被災地で鎮魂の祈り あの日「SOS」の現場はいま… 「自分事になった」“被災地留学生”の学び 教訓どう伝える?【news23】|TBS NEWS DIG или скачать в максимальном доступном качестве, видео которое было загружено на ютуб. Для загрузки выберите вариант из формы ниже:
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東日本大震災の発生から15年が経ちました。震災直後、学校の校庭や建物の屋上に書かれた“SOS”の文字。あの時、“SOS”を出した被災者はどのような思いだったのか、そして15年後の現状は…。藤森キャスターが取材しました。 ■「震災を知る最後の世代」20歳の語り部 それぞれの思いで迎えた15年という節目。 ▼死者1万5901人 ▼災害関連死3810人 ▼行方不明者2519人 震災で妻と娘を亡くした男性 「なんで助けられなかったんだかなという思いがあって、私にとってはただ15年の通過地点のきょうの日です」 ーーこれから思い続けたいこと・ 語り継いでいきたいことは? 女性 「一番は忘れないことだと思う 。震災が分からない子どもも多くなっていくので、それは大人たちが伝えていくべきだと思う」 岩槻佳桜さん(20)。宮城県気仙沼市出身で、5歳の時に東日本大震災を経験しました。 ーー20歳になって迎えた3月11日、どんな感覚? 岩槻佳桜さん 「震災とともに成長してきたので長かったと思います」 岩槻さんは中学生の時に、震災の“語り部”活動を始めました。 今は大学進学のため地元を離れましたが、帰省した際には“語り部”を続けています。 岩槻佳桜さん 「震災を知る最後の世代と言われているので、私の命ある限りずっと続けていきたい」 ■小学校校庭に“SOS” 食料と毛布求める 宮城県南三陸町にある志津川小学校。11日朝、児童たちは校庭に集まりました。 そして、目の前に広がる海に向かって黙祷を捧げました。 15年前の東日本大震災では… 藤森祥平キャスター 「ヘリポートを作ってSOS。毛布1000枚を待っている。そして食料、水1000と白いラインをひきました」 津波が押し寄せ、高台の小学校は“陸の孤島”に。職員らが上空のヘリコプターに助けを求めました。 校長の河原正樹さん。当時6年生の担任で、掃除の時間に地震に襲われ、海からは津波が押し寄せていました。 志津川小学校 河原正樹 校長 「子どもたちに津波が見えないように、安全な校庭の中央に避難した。その日は町は壊滅状態でした。家族の方が、両親が亡くなった子もいたので、(児童の)引き渡しも困難を極めた。1週間ぐらいかかったと思う。全員引き渡すまで」 ■300人孤立の病院の“SOS” ラジオで救助・支援物資呼びかける 太平洋沿岸を襲った巨大津波。市街地が濁流に飲まれ、高台や建物で孤立する人たちが相次ぎました。 藤森キャスター 「屋上のSOSの文字の横で、人が手を振っています。旗を振って救助を待っています」 宮城県岩沼市の南浜中央病院も一帯が浸水し、一時約300人が孤立しました。あれから15年。 南浜中央病院 高階憲之 院長 「“SOS”と書いて…」 藤森キャスター 「私の記憶では2か所に文字が書かれていて」 高階憲之院長が当時、陣頭指揮にあたりました。 職員が患者らを2階以上に避難させた矢先、1階に津波が押し寄せました。 病院は土砂や瓦礫でまみれ、駐車場に止めていたバスも流れ着きました。 職員 「あ、あれ自衛隊(のヘリコプター)じゃないですか。助けて!」 周囲の道路が寸断され、孤立する中、職員は屋上に石灰をまいて“SOS”の形をつくり、高階院長はラジオを通じて助けを求めました。 そのラジオの音源が残されていました。 当時のラジオ音声(tbc提供) 「水・食料がなく、医薬品もありません。入院患者の救助をお願いします。院長の高階さんからいただいています」 南浜中央病院 高階憲之 院長 「(患者のために)なんとか発信しなくちゃという気持ちがあった。“患者が無事です”ということを伝えなくちゃという思いだった」 停電の中、3日間孤立しましたが、病院にある物資をかき集めるなどして生き延び、約200人の患者は全員無事でした。 震災のあと病院は、地震や津波を想定した訓練を繰り返すなど、着実に備えを進めています。 南浜中央病院 高階憲之 院長 「15年経つ中でうちの職員も、震災経験者が27%に下がってきている。地元だけだとどうしても風化していく。他との関連の中で、支援する側・受援される側がどうなのか、(訓練などを通じて)経験を積み重ねていくのがとても大事」 ■「感謝でいっぱい」南三陸は“第2の故郷” 県外留学生が卒業 震災を風化させないという思いは若い世代にも。 2月末の宮城県・南三陸高校。3年生の生徒たちは、この日配られた卒業アルバムを見て盛り上がっていました。 伊藤芽衣さん 「楽しい良い3年間だったなって。本当に南三陸の人に支えられて、本当に感謝でいっぱいというところ」 こう話すのは山形県出身の伊藤芽衣さん。学校側が3年前から受け入れている“県外留学生”の1期生です。 “留学”のきっかけは、中学校の修学旅行で南三陸を訪れたことでした。 伊藤芽衣さん 「“南三陸=被災地”というイメージを持って来た時に、本当にいいギャップにやられて」 「南三陸kizuna留学」と呼ぶ試み。2023年度は1期生・5人が入学しました。 震災の際は津波で孤立し、“SOS”を発した高校。 “被災地ならではの学びを得てほしい”と、県外の生徒を募る… ▼TBS NEWS DIG 公式サイト https://newsdig.tbs.co.jp/ ▼チャンネル登録をお願いします! / @tbsnewsdig ▼情報提供はこちらから「TBSインサイダーズ」 https://www.tbs.co.jp/news_sp/tbs-ins... ▼映像提供はこちらから「TBSスクープ投稿」 https://www.tbs.co.jp/news_sp/toukou.... #ニュース #news #TBS #newsdig