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Скрипка : Сергей Костылев Виолончели : Фёдор Землеруб Гобой : Ольга Готовцева Флейта : Антон Сильверстов Труба : Александр Козлов Рояль : Георгий Хачикян Большой Симфонический Оркестр имени П.И.Чайковского Дирижер : Владимир Федосеев *********************** Violin : Sergey Kostylev Cello : Fyodor Zemlerub Oboe : Olga Gotovtseva Flute : Anton Silverstov Trumpet : Alexander Kozlov Grand piano : Georgiy Khachikyan Grand Symphony Orchestra named after P.I.Tchaikovsky Conductor : Vladimir Fedoseyev ************************ 2021年の同曲の演奏を「神がそこにいるかのようだ」と例えるなら、翌年同じチャイコフスキー記念コンサートホールで奏でられた音楽は「生きとし生ける人間の魂の音」だと言えるかもしれません。 フェドセーエフ氏の指揮ぶりや、その表情に90年代を思い起こす場面も幾度となくあり、嬉しくなって思わず微笑んでしまいます。 (私は2021年の演奏について氏のご高齢に触れ「御年であるからこそ」と記しましたが、音楽の力は、物理的な年齢など超えさせてしまうことがあるのだと、この演奏により知りました) 素晴らしい演奏です。 БСОが「やっぱりオレたちは音楽が好きなんだ!」と、声に出して言わんばかりの、身を乗り出した演奏に私はワクワクしました。 そして、やはり今回もオーボエのオリガ・ガトーフツェヴァさんが惚れ惚れするような素晴らしいソロを吹いていて、その音を聴いている時のフェドセーエフ氏のなんとも言えない幸せそうな表情。素晴らしい音楽は、素晴らしい演奏は、それがどれほど寂しさや、悲しみを帯びた曲であっても、素直に受け入れる人の心を震わせるのだと。 そして、それは伝播していくのだと。 クラリネットのモイセンコさんは、一部リズムが乱れてしまうリスクを思わず犯してまでも、気持ちの高ぶりを隠せない様子で、聴いているこちらの心まで熱くしてくれます。また、彼の親友であるファゴットの ミーシャ・シレンコフさんも(比喩ではなく実際に)身を乗り出し、音楽に合わせて身体を揺らしながら「ノリに乗った」演奏をしていて嬉しくなります。 (席を隣とするこのお二人ですが、リハーサル中だと、休符で自分が演奏していない時など、楽しげにふざけ合う場面をスマホで撮って近しい人らに見せてくれます(笑)) それから、前回のレベジェーフさんと乗り番が代わっての我が友アントーノチカ(シルベストロフさん)のフルート・ソロ。少し気負った感はあるのかなと思うものの、「よっしゃソロや!」と言わんばかりの前のめりな演奏に、私はニヤニヤが止まりませんでした。 (БСОではドイツのオーケストラのような入団時の契約で「はい、あなたはずっと第2奏者です」というようなことをせず、優秀な奏者は2番から1番へと上げていきます。かのマリーヤ・フェドートヴァさんも91年の入団当初は2番を吹かれていました) そして、私が個人的に思いれのあるトランペットはというと、アレクサンドル・カザコーフさんの第4曲「ロマンス」でのソロが、前回以上に素晴らしく、上昇旋律でのヴィヴラートは、往年のБСО名トランペット奏者であるゴンチャローフ氏の同曲を思い起こす演奏です。 (しかし、1998年スヴィリードフ氏の追悼公演でのゴンチャローフ氏の感極まったかのような熱い演奏は、誰にも、そしてゴンチャローフ氏ご本人でさえ、真似することは出来ないでしょう。私もその場に居合せ、その後のテレビ放送も観ることができましたが、ホール全体が、言葉では形容し難い空気に包まれていました。БСОの定期演奏会によく招待され、座られていたスヴィリードフ氏の席は敢えて空けられ、フェドセーエフ氏やБСОの奏者の幾人かは目を赤くしながら演奏していました) ロシアでは、作曲家ゲオルギー・スヴィリードフの音楽は「ロシアの魂」と呼ばれます。 同じソ連時代に生きた彼の師であるショスタコーヴィッチを、ソ連の影響を受けた作曲家と呼ぶことは出来ても、スヴィリードフをそう呼ぶことはないでしょう。 分かりやすく明快なクラシック音楽を、古典派、ロマン派、近代音楽という時代の流れだけから、技法的に「発展的でない」、あるいは「新たなものではない」と否定することは出来ないでしょう。 また、真の意味でのグローバル化とは、個々の常識が混じり合って共通感覚化されていくことであり、それは海が世界中の幾つもの川の水が混じりあってできているのと同じように(人が自然の一部であることと同じく、また人が行うことも自然の一つとして)、ロシアという個を包括してゆくものであると私は思います。 ロシアに根ざした独特の悲哀や、荒ぶれる魂と、それが自身にまでもたらす悲哀、感傷、そこから立ち上がる力強さは、スヴィリードフ音楽そのものであり、それをロシア以外の多くの人々が「そうなのか」と、音楽を通して知り、体感する日が来ることを心から願って止みません。そして、そのために演奏という形で伝えよう、いや、「どうしても知って欲しいんだ!」と語ってくれるのは、間違いなくウラディーミル・フェドセーエフ氏とБСОでしょう。