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簡単に自己紹介させていただきます。 普段は雑談、商品紹介、ゲーム実況をしている者です。 この動画は私の中で忘れたくない、また大きく変わった出来事なので残したいと思い投稿しました。 私とラブラドールレトリーバーのエピソードを書きます。 拙い文章ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。 この動画に映っているラブラドールレトリーバーは私たち家族が飼っていた大吉(大ちゃん)です。 幸せに育つように、福が来るようにと名付けました。 飼い始めた当初、私は10才でした。 ゲームばかりやって碌に勉強もしていませんでした。 そんな時、母が唐突に「明日羽田空港に行くから付いてこい」と言い、翌日、家族全員で羽田空港に向かいました。 なんだろう?と思いつつ到着すると、まだ生まれて間もない大ちゃんがいました。 足は太くて全身ブクブクしててとても可愛い。 母からのサプライズで一瞬で虜になりました。 元々祖父母の家に先代犬がいて、幼少期の頃、私は家庭の事情により、よく祖父母の家に引き取られて生活をしていました。 先代犬は犬種は分かりませんが20年と長生きをし、天寿を全うしました。 先代犬が亡くなってからしばらく経ち、そろそろ犬を飼いたいねと話していた2年後に大ちゃんが我が家に来ました。 大ちゃんの最初はカミカミ期で、イス六脚を全て破壊、木を使用している家具はほとんど消滅し、家具の全てを強制的に一新へと導きました。 食欲は桁違いで、私たちの食べ物も常に狙い、隙あらば盗るほど食欲旺盛でした。 いろんなところにお出かけに連れて行き、騒がしい日々が続きました。 大ちゃんが成長すると共に私たちも成長し、中学生になった頃、私は自閉症の一歩手前になるほど考えていた時期がありました。きっかけは大ちゃんが死んだらどうなるのだろうということでした。 深く、深く考えることで友だちと目を合わせることができなくなりました。思慮深くなり、何か裏があるのではないか、いわゆる厨二病に近いかもしれません。 夏休みも友だちと遊ばずアニメに没頭し、60作品ほど見ました。物語シリーズ、化物語から終物語(傷物語も含む)を5日間で見るほど引きこもり生活をしました。 アニメに没頭していた頃、側にいてくれたのは大ちゃんでした。私の気持ちを読み取るかのようにそっと側に来て枕代わりに体を委ねてくれました。 何も言わず、そっと私の思いを感じ、私の顔色を伺いながら側にいてくれました。 私はその頃寂しかったのかもしれません。大人になるということがどういうことなのか分からず、不安でいっぱいでずっと悩んでいました。死に向き合うことも恐怖でした。 そんな生活が1年続き、高校生になった頃吹っ切れたのか元に戻りました。 確か結論は「頭の中で考えているものは私だけの世界でありいくら悩んでも答えは出てこない」でした。 高校は中学の友だちが一人もいない所に行きました。友だちも最初から作らなければならない。気合を入れて通っていました。 高校生の頃ちょうどコロナが流行りました。「けいおん!」に憧れて高校生活はけいおん!みたいに過ごすと決めていたのに、部活も思いのままにできませんでした。でも、楽しい高校生活が待っていると信じました。 ですが、高校で友だちに裏切られました。私がいない間クラスの皆で私の悪口の言い合いをしていました。 中学の頃は皆で楽しく生活していたのに、高校では陰湿に悪口を言ってくる。 思春期であった私にはとても辛い経験でした。 友だちだと思っていた人たちに裏で言われることはこんなにも辛いことなのか。なぜ直接言わないのか。今思い出しても辛い記憶です。 また、追い打ちを掛けるように高校2年生の頃、コロナが落ち着き通学できるようになった日、今でも思い出します。電車に乗っていて強烈にお腹が痛くなりました。今まで経験したことのない、冷や汗が止まらない。その日は学校を休み、次の日には治ってるだろうと思いましたが、翌日もお腹が痛い。 学校に通えなくなりました。 病院に行くと「過敏性腸症候群」と診断されました。高校を辞めて通信にするか、それとも継続して通学するかの2択を選ばなければならない状況になりました。 ですが高校の都合上、大学に入りやすい学校だった為諦めずに通学を継続することを選びました。 自宅から高校まで1時間30分かかることから、5時に起き、6時の各駅停車に乗りホームルームに遅刻しないように生活しました。 そんな日々を2年間続けました。 私がお腹が痛い状態で高校を通っている時、家庭内の状況が一気に悪化しました。母は夜勤、姉は浪人、父は全く働かず、ずっと家にいました。 誰よりも早く家から出て、一番遅くに帰ってくる私が料理を作り、お風呂を沸かし、洗濯をする。そんな状態でした。 母に頼りたかったですが夜勤で日中寝ており、私と入れ替わるような形で仕事に行く為、会うことすらできませんでした。 こんなに辛い状況を支えてくれたのは大ちゃんでした。 身体も精神もボロボロの中、大はそっと私の隣に居続けてくれました。 また、高校3年生の時に素敵なことがありました。 気になっていた人とお付き合いをすることができました。 その彼女とは2年ほどお付き合いをさせていただきました。 酸いも甘いも経験した、本当に楽しい日々を過ごしました。 家庭は崩壊し、苗字が変わるほどの怒涛の日々を過ごしましたが、大ちゃんと彼女がいたことから乗り越えられました。 そして大学に入り、順風満帆な日々を過ごしていました。 大ちゃんが体調を崩しました。 病院に行き、レントゲンを撮ると脾臓が破裂しているかもしれないと言われ血液検査をすると骨髄肉腫でした。 手術しても助かる可能性は10%ほどかもしれないと獣医さんから伝えられました。 それでもやってほしい、脾臓を摘出する手術をしました。 大ちゃんの体力次第で回復できる。生と死の間を乗り越えて帰ってきました。 当時大ちゃんは10才。ラブラドールレトリーバーでは高齢です。 帰ってきてくれた時は本当に嬉しかった。 このまま元気になると思っていました。 腹水になってしまいました。 内臓の機能が上手く働いていなかったのです。 血がお腹の中に溜まり、最終的には足がむくみ立てなくなってしまいました。 手術してからしっかり介護ができるのは私しかいませんでした。一日中寄り添い、大学が終わって真っ直ぐ家に帰って面倒を見ました。 帰ってきて部屋中のペットシートが排便で汚れていて申し訳ない顔をする大ちゃんを今でも思い出します。 でも私は「大丈夫だよ」と笑顔で接しました。 私が悲しい顔をすると大に伝わってしまうから。 そんな日々の最後の日がこの動画です。 食欲が減っていた大ちゃん。この日は不思議と大好物であったパンを今まで一欠片しかあげなかった私が3枚もあげた日です。 この数時間後大は亡くなりました。 今でも思い出します。 本当に幸せだったのかな、我が家でよかったのかな 犬は話せません。答えが出ません。 私の人生の半分を共に過ごした相棒でした。 最後にパンをいっぱい食べさせることができて嬉しかった。 またどこかで会えることを切に願っています。 この数日後、先述の彼女に別れを告げられ私はどん底に落ちます。 支えてくれた二人を同時期に失い、物語は進みます。 大ちゃんありがとう。 思い出を忘れないようにここに刻みます。 最後まで読んでくれてありがとうございます。