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東日本大震災からまもなく10年。JNNでは「つなぐ、つながるプロジェクト」として、各番組横断で被災地の今をお伝えしています。今回は岩手県山田町からです。 津波で校舎は被害を受けたものの、教職員と児童は逃げて全員無事だった小学校があります。そこには、父の教えを守った一人の男性の判断がありました。なお、冒頭で津波の映像が流れますので、ご注意ください。 2011年3月11日、岩手県山田町船越地区。JNNのカメラが、押し寄せる津波を捉えていました。奥の建物は、標高13メートルのところに位置していた船越小学校です。津波は2階部分まで押し寄せましたが、教職員と児童は全員無事でした。 当時、小学校で用務員を務めていた田代修三さん(64)です。津波が押し寄せる直前の田代さんのとっさの判断が、多くの命を救っていました。地震が発生した当時、教職員と児童はマニュアルどおり、まず、校庭に避難しました。一方、田代さんは潮位の変化を観察するため、海が見える防潮堤に向かいます。そこで見たものは・・・ 「(海面が)約3メートル浮いたんです。とんでもない波が来ると」(田代修三さん) 過去に何度も巨大な津波が襲来している船越地区出身の田代さん。津波の恐ろしさをたびたび語ってきた亡き父の教えが頭をよぎりました。 「雑草をつかんでも、ツルをつかんでも、1メートルでも高いところに逃げろと」(田代修三さん) 父の教えに従い、田代さんは校庭にいた校長に対し、更に高い山に逃げるよう訴えました。当時、校庭にいた教職員のほか、児童136人は田代さんを先頭に、学校の裏にそびえる険しい山に分け入りました。そして、標高40メートルの尾根まで登りきったときでした。 「下が山田湾のように、湖のようになっていた。危機一髪だったんです」(田代修三さん) 津波がすぐ足元まで迫っていましたが、紙一重の差で尊い命が守られました。震災発生時、船越小学校の5年生だった山崎洸平さん(21)です。 「(田代さんは)一番最初に海を見に行ったことは、すごく判断力があると思った」(当時5年生 山崎洸平さん) 当時は体育の授業で足を骨折していて、歩くことができず、先生に背負われて、無事、山に避難していました。山崎さんは現在、大学3年生。教員を目指して、勉学に励んでいます。 「助けてもらった命なので、無駄にはできない。自分も何か人の役に立てるように、これから生きていきたい」(当時5年生 山崎洸平さん) 震災発生から10年を前に、防潮堤の整備が進む船越地区。 「防潮堤自体はありがたいのですが、それ以上に、心の中に心の防潮堤=危機感を持ってほしい。そちらの方が、実際の防潮堤よりもいきると思っています」(田代修三さん) (08日15:49)