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【柏など、バスと電車で巡る、小さな旅に出かけてきた。】 今回のルートは画像の通りで、ゴールは我孫子駅。最後は名物の唐揚げ蕎麦を食べる。 まずは手賀に到着。 「東の渋谷」とも言われる柏駅から、バスに22分乗っただけで、この風景になるのが面白い。 そこから東へ80メートルほど歩くと、勢至(せいし)菩薩がいらっしゃった。 私は先々週から『やさしくわかる仏教の教科書』を読んでいるのだが、それによると、菩薩とは悟りを目指す仏修道行者のことらしい。 勢至菩薩は、偉大な智慧の力によって、衆生を無知から救う存在だそうだ。 次に訪れたのは、旧手賀教会堂。 ここは、現存する日本で唯一の「茅葺民家を転用した教会堂」だという。 内部は土壁になっていて、指定文化財ということもあり、私のデカいリュックで壁を傷つけないよう、少し離れた場所に置いた。 この教会は、キリスト教の三大宗派――カトリック、プロテスタント、正教会――のうち、東方正教会(ハリストス正教会)に属している。 ハリストス正教会の教会堂に欠かせないのが、イコン(聖画)と呼ばれる聖なる像で、神の似姿であり、天上の国と地上の国をつなぐ窓として、崇敬されているらしい。 館内では、1時間半ほど丁寧な説明をしていただいた。 退館後は、その内容を軽く振り返りながら、手賀地区の風景を少しおどけて撮っている。 歴史の話も興味深かった。 文久元年(1861年)に、ロシア正教の修道士ニコライが函館に入り、 その12年後の明治6年には、明治政府によってキリシタン禁制の高札が撤去されたので、さらに6年後の明治12年(1879年)に手賀ハリストス正教会が設立された、 明治25年(1892年)には、ニコライ本人が手賀を訪れて布教活動を行ったそうだ。 ここで、日本初の女流イコン画家・山下りんさんの話も聞いた。 笠間に住んでいた彼女は、「こんな田舎にいられるか」と縁談を蹴って上京し、東京美術学校(現在の芸大)美術科の一期生になる。 同級生に誘われて神田のロシア正教会を訪れたところ、すっかりハマってしまい、ニコライから絵の才能を見込まれてロシア留学へ。 ところが、イコンを描きたくて行ったのに、古代絵画の模写から始める教育方針にブチ切れたというエピソードもあり、なかなかに面白い人物だった。 さて、次は湖北方面へ向かう。 ちょうど湖北行きのバスが来ていたのだが、バス停まで10メートル足りず、信号待ちさえなければ乗れたのに、と悔しい思いをした。 湖北台緑地を通りながら湖北へ向かう。入口に立つ松がとてもきれいだった。 湖北に到着。 現在、手賀沼は南西にあるが、以前は湖北の南あたりまで広がっていたそうで、干拓事業の話も先ほどの教会で聞いたところだ。 ホームに着くと、狙っていた電車がちょうど発車してしまった。 湖北は30分に1本しか電車が来ない。さっきのバスといい、今日は乗り継ぎ運があまり良くない。 JR成田線は、上野から直通電車が出ているのに、路線は単線というのもなかなか味わい深い。 そうして我孫子に到着。 写真右側の車両が、私が乗ってきた電車だ。 最後は、我孫子名物・駅そば弥生軒の唐揚げ蕎麦。 生卵もトッピングしたのだが、店員さんから「すみません、唐揚げで卵つぶれましたー」と言われてしまった。 今日はかなり寒かったので、温かい汁が体にしみる。 唐揚げは結構しょっぱいが、汁がやや薄めなので、一緒に食べるとちょうどよかった。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。