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江戸時代から続く野麦街道沿い宿場廃村の現在 今回訪れたのは山岳地帯の岐阜と長野を繋ぐ野麦街道沿いにある宿場集落。その歴史は古く街道の宿場は江戸時代幕府の要人達が利用、明治大正にかけては工女が険しい峠を越えた際の休憩ポイント。 工女とは明治大正時代に製糸工場で働いていた少女達の事で、ここでいう工女は岐阜の農村部の貧しい家庭の12歳~くらいの少女が家族の為に飛騨から長野県岡谷まで難所の野麦峠を越えて出稼ぎにいったという。 労働基準がない当時は過酷な労働もあり、それを題材にした映画「あゝ野麦峠」のロケ地として利用されたのが街道沿いの宿「松田屋」。松田屋は明治元年に建築、現在は市が管理していて集落の建物の中でも別格の保存状態。 マップでは8件ほどの建物が表示され、集落は街道沿いに宿屋跡が所々に現存、斜面にも家屋が立ち並ぶ構成。 ひととおり集落を見ると分かるのが現役当時はかなり賑わっていた印象で、山岳地帯には珍しい大きな小学校分校も現存。明治大正時代の光景が蘇ってくるような場所でした。 貧しい家庭を支える為に出稼ぎ少女達が難所を越えて休んだ宿場集落、現在では観光地として全く認識されていませんが、歴史が眠っているようで忘れてはいけない場所なのかもしれません。 ここに行ってから若い頃の大竹シノブ主演の映画あゝ野麦峠が見たくなって探したものの、40年以上前のためか現在は見ることができなく残念です。 #野麦峠 #野麦街道 #廃村 #廃集落 #探訪