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#koshoiha #沖縄音楽 #アマミキヨ #北中城村 #アスムイ御嶽#仲順大主 #琉球開闢七御嶽#沖縄方言ナレーション#舜天王統#舜天#舜馬順煕#義本 順煕王1改訂版 義本王妃の墓「ウナジャラウハーカ」の正確な位置はカーナビでは判りませんでした。あちらこちらグルグル回るばかり。私は20代前半、毎日と言って良いほど通った道です。実家の製麺工場の後継として働いていたころ北中城村喜舎場にある当時の「沖縄シェラトンホテル」に自社の麺を納品するためです。沖縄本土復帰前、米ドルを使用していた「沖縄ヒルトンホテル」時代の懐かしい思い出が蘇ります。 順煕王2 現在のホテルの関係者なら何か知っているかもしれないと思い、一般客ではない私は懐かしい業者スペースの片隅に車を停めて尋ねましたがわかりません。今回は諦めようと駐車場にもどったところ私の車の目の前に山道に続く二又の小道の気づき、案内板や看板も立っていない右側の山道に入って行きました。 順煕王3 立派な石積みの階段はかつて人の往来があった証です。しばらく行くと…古い墓があり念のために確認すると「花崎家」とあり家紋も義本と同じなのです。という事はここよりも奥側で標高も高い場所に「義本王妃の墓」があるに違いないと直感して歩を進め事にしました…. 順煕王4 なんという導きでしょう。かやはりありました!!立派なウフドゥルに辿り着き、朽ちた立て札には「王妃御墓」という文字もありました。私の第一の感想は花崎門中のお墓もこのウナラジャウハカも大変古いながら綺麗に手入れが施されているということに素直に感動しました。 順煕王5 北中城村立「あやかりの社」で手に取った本に「舜天王統末裔の決死の秘密行動」について大変貴重なお話を見つけ、その中でこの王妃御墓の詳細な説明にも触れられています。 順煕王6 「北中城村史・第一巻」から抜粋。(原文のママ)義本王が野に下った後、英祖王移行の王府では国の安泰を図るため義本王一族の再起を封じようと常に注意の目が向けられると観念していた義本一の一統は、その所在が王府に感知されることをいたく恐れたのだろう。花崎家当主説によると「先王即ち舜天、舜馬順煕両王の遺骨を首里から仲順村ナスの御嶽へ移した時も、義本王の一族はそれこそ決死の覚悟で両王の遺骨を掘り出し、帰りの道筋も万策尽くして一行は二組に別れて行動した。まず一組はいかにも貴重なものを持っているかのように見せかけて首里からの近道を辿って堂々と仲順村に帰り、一組は漁夫に扮して両王の遺骨を魚籠(ビク)に入れて隠し持ち(中略)時を見計らって両王の遺骨をナスの御嶽に隠して後年ここを舜天、舜馬順煕両王の御墓と称えるようになった。 順煕王7 (中略)ところが御嶽から、およそ200メートル西側に、王妃御墓と呼ぶ古墳があり(中略)花崎家の古い記録によると「王妃御墓の正面に天次王(註、義本王)の厨子があり、その左右に眞鍋樽按司(註、王妃)と西之按司加那志、桜尚の厨子がある」と記され、この記録は極めて重宝に保存されていた。記録によってナスの御嶽は舜天、舜馬順煕両王の墓であることが明らかであり義本王の銘は覗くべきである。「北中城村史・第一巻」 順煕王8 義本王の波乱万丈の人生に添い遂げた王妃の名は「眞鍋樽』 順煕王9 2012年浦添城趾の奥、浦添ようどれの上で辺りには花も咲いていないのに強烈に感じた謎の花の匂い。11年後の2023年3月5日私の誕生日の日、国頭村辺戸のアスムイ御嶽頂上で嗅いだ同じあの花の匂い。国頭でも五月頃から一部地域にしか咲かない「イジュの花」。点と点が伏線となり、この場所まで辿り着きました。 私は義本の末裔でも血縁でもありません。しかしこうして800年以上前の琉球の歴史に目を向けるように仕向けられていることを実感します。それでは一体「誰が仕向けているのでしょうか? 順煕王9 さてこの第6章で触れた数々の逸話は前話「第5章・仲順大主編」での考察も含めて、私の中で確信めいた答えに導かれました。「奇想天外」「ただの作り話」と受け取られるかもしれません。私は歴史学者でもなく専門の研究家とはかなり違う結論に至ると思います。私のYouTubeでは、あえて私の感じた自論を説明しやすくするために「歴史物語風」に創作して次回第7章で詳しく紹介させていただきます。 ただ、その前にこれだけはこの章の最後に記しておきましょう。