本願の荘厳 скачать в хорошем качестве

本願の荘厳

本願の荘厳：池田勇諦氏の論考に基づく要旨 エグゼクティブ・サマリー 本稿は、池田勇諦氏の論考「本願の荘厳」に基づき、親鸞教学における阿弥陀仏と本願の意義を深く分析するものである。核心的な洞察は以下の通りである。 1. 歴史の根元としての本願: 阿弥陀仏は単なる歴史上の存在ではなく、歴史を真に歴史たらしめる根源的な法、すなわち永遠普遍の正法として捉えられる。この法が衆生に開示されたものが『大無量寿経』に説かれる「本願」である。 2. 清浄意欲としての本願: 本願は、世親によれば如来の智慧（般若）と慈悲（大悲）を体とする「清浄意欲」である。これは我執に基づく欲望を絶対的に否定する真実の願いであり、日常的自己を超越しながらも、自己の内から呼びかける「内在即超越」の性格を持つ。 3. 本願の自己開示としての荘厳: 形を超えた本願は、衆生を救済するために、人間の領域において自らを形あるものとして開示する必要がある。この自己開示の姿が法蔵菩薩であり、その実践（菩薩行）が「荘厳」である。したがって、法蔵菩薩・阿弥陀仏は「本願荘厳のかたち」そのものである。 4. 実践的概念としての荘厳: 「荘厳」の原語（vyuha）は、単なる装飾ではなく、「形づくる」「位置を変える」「秩序正しい配列」といった動的な意味を持つ。これは法蔵菩薩の五劫思惟や永劫の修行という「実践」を指し、本願が歴史（行）を通じて自身を成就する過程そのものである。 5. 荘厳の論理構造（由生・由出）: 荘厳の論理は、曇鸞の二種法身説で解明される。「本来在る」無形の法性法身から、「新しく成る」有形の方便法身が生じ（由生）、その方便法身の働きによって本来の法性法身が顕現する（由出）。この「成る」過程が菩薩行であり、その結果として成就した仏を「報身如来」と呼ぶ。 6. 自利と利他の相即性: 如来の自己成就（自利）は、衆生の救済（利他）と不可分である。菩薩行は、衆生の苦悩の場に身を置き、衆生の上で自己を成就する働きであり、自利と利他は完全に相即する。この調和こそが「荘厳」の本質である。 7. 廻向表現としての荘厳: 結論として、「荘厳」とは如来から衆生への「廻向表現」であり、その成就は「ただ如来の至心信楽をふかくたのむ」衆生の「行信」において現実のものとなる。この覚醒の時、如来は闇を破る「光」（智慧のかたち）として認識されるのである。 -------------------------------------------------------------------------------- 1. 阿弥陀仏と本願の根本的意義 本論考は、親鸞聖人の教学における阿弥陀仏の意義を、単なる歴史的人格としてではなく、「歴史の根元」としての法、すなわち永遠普遍の正法として捉えることから出発する。 1.1. 歴史の根元としての法 阿弥陀仏は、釈迦という歴史上の人物によって顕された存在であるが、その本質は歴史を根底から支え、意味づける普遍的な法にある。この法が「如来の本願」として公開されている点に、『大無量寿経』の独自性が存在する。 1.2. 本願の二義：根本と因本 「本願」の解釈には伝統的に二つの義がある。 根本の義: 枝末の願に対する「根本の願」。これは如来の智慧（般若）に根差す、普遍的・根源的な性格を示す。 因本の義: 果上の仏に対する「因位の願」。これは如来の慈悲（大悲）が具体的な菩薩行として展開される側面を示す。 世親の『摂大乗論釈』は、本願を「清浄意欲を以て其の体と為す」と定義し、その体は「般若」と「大悲」によると説く。これにより、本願は衆生の無明を破り、志願を満たす「根本の願」であると同時に、その成就のための具体的な展開として「因位の願」（菩薩行）の意味を持つことが示される。 1.3. 清浄意欲と「内在即超越」 本願の体である「清浄意欲」とは、我執に基づく不浄な欲望（日常的自己の願望）を限りなく否定するところに現れる真実の願である。 超越性: 我執に根差す日常的自己の願望を超越する。日常的自己が外物に満足を求めるのに対し、清浄意欲は絶対的な自己満足の世界（如）へ目覚めさせる（来）。 内在性: この超越的な願いは、日常的自己を離れて存在するのではなく、本来の領域（如）からの深い呼びかけ（来）として、自己の内から働きかける。 この「内在即超越」の構造こそが、本願が人間を根元的に成就せしめる法たる所以である。真の宗教は、単なる神秘（超越）でも道徳（内在）でもなく、人間を超えたものに基礎を置きながら、人間の内なる事実に根源を持つ。この両義性を「根元」という言葉が示している。 「根元」の語義: 「元」は物事の始終を一貫して働き、その成立根拠となるものを意味する。「元旦」の例で言えば、「旦」が年の「始め」という一点を示すのに対し、「元」は一年を通じて働く根源的な力を指す。同様に、如来の本願は歴史の始終を貫き、歴史の底を流れ（内在）、歴史を超えて働きかける法（超越）なのである。 2. 「本願の荘厳」としての法蔵菩薩 『大無量寿経』では、如来の本願が法蔵菩薩の発した願として説かれる。しかしこれは、本願とは別に菩薩が存在するのではなく、本願そのものが衆生救済のために自ら形をとって現れた姿、すなわち「本願の荘厳」に他ならない。 無性の『摂大乗論釈』に「弘誓の語に依って、菩薩の声を立つ」とあるように、形を超えた本願（弘誓）が、人間の領域で認識可能な「かたち」（菩薩の声）として自らを荘厳したのである。 2.1. 実践的概念としての「荘厳」 「荘厳」は通常「かざる」と訳されるが、その原語「vyuha」はより動的で実践的な意味を持つ。 原語「vyuha」の主な意味 解説 ① 秩序正しい配列 一つの全体の諸部分が、見事な調和をもって配置されていること。 ② 移す・転ずる 位置を変えること。如来が衆生の場へ身を移す菩薩行に対応する。 ③ 形づくる・現わす 無形のものが具体的な形をとって現れること。本願の自己開示。 『大無量寿経』において「荘厳」とは、法蔵菩薩の「五劫思惟」と「兆載永劫の修行」を指す。これは、菩薩が六波羅蜜などの「衆行を具足」し、その功徳を衆生に成就せしめる実践そのものである。「荘厳」は、本願が歴史（行）を通じて自身を成就しようとする、本願自体の実践活動なのである。 3. 荘厳の論理構造：二種法身説と報身 本願荘厳の論理構造は、親鸞聖人が依拠した祖師たちの教学、特に以下の三説によって解明される。 1. 曇鸞『往生論註』の二種法身説: 法性法身と方便法身 2. 道綽・善導の報身説: 是報非化論に基づく 3. 『教行信証』の光寿二無量説: 第十二・十三願酬報 本論考では特に㈠と㈡に焦点を当て、その論理を詳述する。 3.1. 「由生・由出」の論理 曇鸞は、仏に二種の法身があるとし、その関係を「由生・由出」と説いた。 「法性法身に由って方便法身を生ず、方便法身に由って法性法身を出す。此の二の法身は異にして分つべからず、一にして同ずべからず。」 由生（ゆうしょう）: 「本来在る」もの、すなわち「いろもなし、かたちもましまさ」ない根源的な法性法身から、「新しく成る」もの、すなわち形をとり名をしめす方便法身が生起すること。 由出（ゆしゅつ）: 新しく生起した方便法身の働きによって、本来の無始なる法性法身が顕現すること。 これは、「在る」如来が、法蔵菩薩として「成る」如来となることを通して、本来の「在る」如来自身を証明し成就するという論理構造である。「成る」ことがなければ「在る」ことは証明されず、まさに相依相成の関係にある。 3.2. 報身如来の意義 この「成る」という過程が、法蔵菩薩の菩薩行（因）に他ならない。したがって、その修行という「たねにむくひたる」結果（果）として成就した仏を「報身如来」と呼ぶ。親鸞聖人は以下のように述べる。 「この一如宝海よりかたちをあらわして、法蔵菩薩となのりたまひて、無碍のちかひをおこしたまふをたねとして、阿弥陀仏となりたまふがゆえに報身如来とまふすなり。」（一念多念文意） 「報といふはたねにむくひたるゆへなり。」（唯信鈔文意） 荘厳とは、法蔵菩薩の行という「因」によって成就した「果」としての仏身（報身）を意味するのである。 4. 菩薩行における自利と利他の相即性 如来が「成る」如来として自己を開示する（自利）ことは、そのまま「諸の衆生をして、功徳成就せしむ」る働き（利他）と不可分である。 4.1. 衆生の場への転身 如来の本願が「苦悩の有情」を救済する大悲心である以上、その働きは無限に苦悩の衆生の場に身を置く（vyuhaの②「位置を変える」意）ことでしか実現されない。この菩薩行において、如来の成就と衆生の成就は完全に一体（相即）となる。 自利と利他の相即: 菩薩道において、自らの成仏を願う働き（自利）は衆生を救う働き（利他）なしには満たされず、逆もまた然りである。菩薩は自らの行の功徳を全て「衆生の行」として廻施し、その「衆生の行」がそのまま菩薩の行徳を成就させる。 成立原理としての浄土: この相即性を成立させる原理が「浄土（仏身）の真実」である。浄土は菩薩の行と衆生の行を一つにする場であり、「畢竟成仏の道路、無上の方便」とされる。 したがって、「荘厳仏国の清浄の行」は法蔵自身の行であると同時に、衆生が往生するための行でもある。 4.2. 親鸞一人のための本願 この自利利他の完全な相即性こそが、『歎異抄』における以下の讃仰の根拠となる。 「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。」 法蔵菩薩の五劫思惟の願心は、衆生一人ひとりの上で自らを成就しようとする行であり、その行は未来際を尽くして修される。この永劫の修行は、衆生が「ただ如来の至心信楽をふかくたのむ」一点において領受され、成就と同時成立するのである。この自利と利他の見事な調和こそが、vyuhaの①「秩序正しい配列」が示すものでもある。 5. 結論：廻向表現としての荘厳とその現成 これまでの考察から、「荘厳」は如来の自己表現、特に衆生の上に自らを成就せしめる「廻向表現」と定義できる。 5.1. 荘厳の成就する場所 この荘厳が現実となる場所（現成処）は、衆生の側にある。「ただ如来の至心信楽をふかくたのむ」我々の「行信」を措いて他にありえない。 5.2. 光としての如来 親鸞聖人が阿弥陀仏の身を最終的に第十二・十三願酬報の「光寿二無量」（光と寿命）に帰着させたのは、このためである。 衆生にとって、本願によって本来の領域に目覚めることは、全く初めての経験（万劫の初事）である。 この覚醒を呼びかける如来は、非本来的な闇に即してそれを破り、本来の姿を顕わにする働きそのもの、すなわち「光」としてしか認識されない。 如来は「智慧のかたち」「光如来」であり、その摂取不捨の働きを自覚することが「信心の智慧」なのである。 本願の荘厳とは、究極的には、衆生が信心の智慧によって如来の光に照らされ、救済を自覚する出来事そのものを指すのである。